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うちの玄関の絵 [ケーキ、チョコレート、花]

椿よりおとなしい「さざんかの花」が好きです。
備前焼の茶花入れにあうと思うので、庭のさざんかを一枝切って、こんなふうに。
(これは備前の代表作家、金重まことの作品)

この横に、洋画の「さざんかの花の絵」がかけてあるので、その写真を
撮ろうとしたら、デジカメのレンズが出ない!壊れたらしい。
6年前、まだデジカメが珍しかった頃に買って、ずいぶん使ったから。

<後日>

新しいデジカメ買いました。
でも、「さざんか」の絵は、
玄関は暗いし、電気をつけると光るしで、写真がうまく撮れません。
だから季節が違うけど、「牡丹」を見てください。
美江さんは花の絵が得意な
京都の写実の作家です。下のアドレスでもっと絵をみれます。
www.eonet.ne.jp/~masagobijuku/8_vikow.html


パリのクリスマスは生牡蠣 [シャンパン&ワイン]

パリでクリスマスのたべものというと、ローストチキンではなく、生牡蠣。
12月も20日を過ぎるとモノプリのようなスーパーの前に殻つき牡蠣の木箱入りが
積まれます。1箱に100はいっているのが普通だそう。
殻つきだから開けて食卓にだします。
ひとり1ダース(12個)づつ、レモンだけで食べました。
ひんやりと冷えていて、ほのかに海の香りが、、そして、するっと喉越しがよいのです。



牡蠣といっしょに食べるのは、バターつきの茶色いパン(らい麦パン?)。
フランスパンではありません。

次、右のお皿、伊勢海老(ラングスト)と海老。
左のお皿は、ハム、サラミのもりあわせ。

デザートは、ルノートルの「ビュッシュドノエル」 薪の形のクリスマスケーキ。
イチゴのショートケーキはフランスでは見かけません。


ものすごく濃厚でおいしかった!
クリームとバターが違うから日本にないほどリッチな味。
これで4人分。日本だったら8人分でしょう。値段は22ユーロ。
約3300円。

パリの友達Eの家で、E とフランス人の夫Y と私の3人で食べるクリスマスディナー
最近の定番です。


シャルロット・ペリアン展(パリ、ポンピドーセンターにて) [Paris  展覧会]

実はシャルロット・ペリアンという名前を知らなかったのです。
ポンピドー・センターに「DADA」展を見に行った時、同じ6階で
開催中だったので(5月27日まで)寄ってみました。


あ、このいす! 知ってる。なんとこの左の椅子はペリアンチェアー
とよばれているのです。ものすごく薄くて軽いので有名。
そして右の寝いすはコルビジェとの共同作品。角度を変えて
寝ることができます。ここでは毛皮を敷いてているけれど、
日本の夏のためには、たたみも可というすぐれもの。

    

ペリアンは1903年パリの生まれ。
建築家を志し、ル・コルビジェのアトリエで働く。
同僚に日本からの留学生、前川國男(東京文化会館、西洋美術館の設計者)と
坂倉準三(パリ万博日本館の設計)がいたことから、後年、坂倉の推薦で日本の
商工省(今の経済産業省)から招きをうける。
ペリアンは京都で竹製家具に心ひかれ、陶芸家川合寛次郎と親交を結ぶ。

昭和16年(1941年)に日本橋高島屋で展覧会を開催。
第二次世界大戦のため活動を休むが、戦後復帰。
昭和30年には再び高島屋で、「コルビジェ、レジェ、ペリアン展」を開催。

ペリアンはモダニズムのインテリアデザイナーとして多くの作品を残している。
パリの日本公邸、エールフランス日本支社のオフィスの他に茶室も設計。

この展覧会では、日本滞在時の数々の写真、昭和16年の高島屋のお得意様宛
招待状、棟方志功の絵と書による日本政府からの巻物の招待状、戦争中の日本
での通行許可書
など、興味深いものがたくさんあった。
さらに工業デザイナーの柳宗理はペリアンの弟子ということもわかって、なるほど~と納得。



自ら設計した多機能の棚の後方にたたずむペリアン女史。

 「いいものを見た」、と満足してギャラリーを後にしたのでした。

 


「DADA」 パリ、ポンピドーセンターでの企画展 [Paris  展覧会]

パリのポンピドーセンターは国立近代美術館。
常設の充実ぶりはもちろんのこと、ここでの企画展は質が高いのです。
今回は「DADA
ダダイズムと日本語では言っていますね。
  


この写真はカタログの表紙。

ソフィー・アルプの1920年の作品「ダダ 頭」

ダダは20世紀初め、全世界に広がった芸術的運動。
起源は第一次世界大戦さなかの1916年、スイスのチューリッヒで、
その時代の価値観を変えるための試みでした。


ダダは破壊運動と誤解されることが多いけれど、逆に生産的です。
ダダは印刷物、写真、ラジオ放送などを通して表現され、閉塞した
その時代の社会を批判しました。
アーティストたちの独創性に富んだパフォーマンス、詩、コラージュ

などによる表現が、20世紀を代表するような作品をうんだのです。


これはオランダのポール・シトロエーンのコラージュ「メトロポリス」
パリのいろいろな建物が貼り絵されています。
マン・レイの「ニューヨーク」という作品と比較されることが多い
のだそうです。

初期のダダの代表格は、ジャン・アルプ。
ストラスブルグの出身なので、私のブログのストラスブルグの所
でも紹介しています。
      

アルプは数枚の紙きれを貼り付けたコラージュを発表。
その後はさまざまな形を薄い木材で表現しています。詩的で暖かみがあります。
右は奥さんであるソフィー・アルプの作品。

ダダといえば必ずとりあげられるのが、マルセル・デュシャン。
モナリザに髭を描いたり(左の写真)、便器の写真、これでも芸術だぞ。
         

グロス(Grosz)はベルリンのダダの重要メンバーでした。ナチに反対し
コミュニズムに共鳴、攻撃的な絵画を続々発表。

最後に私の好きなピカビアの絵。ユーモアが感じられるのです。
円の中に丸が1,2,3,4、、、(左) 右は犬の調教
    

この展覧会はワシントンのナショナルギャラリーとニューヨークのMOMAに
よる企画、構成です。このあとワシントンで2006年2月19日から
5月14日まで、ニューヨークで6月16日から9月11日まで開催されます。


ウィーン1900、クリムト、シーレ、モーザー、ココシュカ展(2) [Paris  展覧会]

ウィーンの1900年は、それまでのアカデミズムの技法から脱した新しい芸術をめざす「ウィーン分離派」が台頭した年。クリムト、エゴン・シーレ、コルマン・モザー、オスカー・ココシュカたちの新しい試みにスポットをあてたのが、この展覧会です。

いろいろな特徴をあげています。
(1)組み合わせ模様 Entrelacs

       
左がシーレの「臨終」Agonie 病人の横で司祭様が祈っているのでしょうか。
右はクリムトの「赤ちゃん」Bebe
生と死の絵が対比して並べてあるのです。

どちらも構図がパッチワークのよう。クリムトの絵ではピラミッド型の頂上が赤ん坊の頭。
色合いでパッチワークの一片が区切られているが、シーレの場合は強い線で一片一片
が区切られている。赤ちゃんの構図はジグソーパズルのようで、臨終の方は私には
ステンドグラスのような感じにみえるけど。。。

(2)プリズム Prismes

キュビズムとは一線を画しているが、プリズムのように見える絵。
左側の絵はシーレの「隠者たち」
手前がシーレで後方がクリムトといわれています。
2人の手と顔が絵の中心。

右の絵はココシュカの「ベロニック」
聖女の顔には白い三角形の後光がさしていて、左下の経帷子のキリストが呼応しているとのこと


     


(3)色合い couleurs

コロマン・モーザーは、ゲーテ(有名な文豪です)の「色のセオリー」に影響をうけました。
ゲーテは色環図を考案し、光による基本の色が黄色と青であると今から200年も前に
発表したのです。
モーザーのこの絵「歩く人」 Le Marcheur は、黄色を主体とし、影の部分も黄色ですが、
同じモチーフで影の部分が青のものは、ウィーン美術館にあるそうです。
(写真の色が悪くて黄色というより茶色に見えますね、スミマセン)



(4)人物

シーレの自画像。シーレは28歳で亡くなったのです。
この絵「ほおずきのある自画像」が展覧会のチケットに使われていました。

   

クリムトの「メーダ・プリマフェシの肖像」
この展覧会で私が一番気にいったのはこれでした。
実際は、この紫がもっともっときれいなのです!



シーレの風景画は、う~ん、、あまり好きになれなかったので写真は載せません。


ウィーン1900、クリムト、シーレ、ココシュカ展(1) [Paris  展覧会]

 年末に、1月23日まで開催のパリのグランパレの企画展「ウィーン1900、クリムト、シーレ、モーザー、ココシュカ」に行った。


それほど大勢並んでいないのだけど、行列の最後尾に「ここから2時間半待ち」のプラカードを持った係りの人。「えっ?」
でも、明日は休館日で翌日はもう帰国。覚悟を決めて並んだ。
オルセーやルーブルは観光客が並ぶけれど、こういう企画展はフランス人ばかり。
待っている間、ニースの美術館がよかったとか、マルセイユがいいとか話がはずむ。
「それにしても寒い~、足が凍えてる」なんて足踏みしながら。
あと30分の地点で紙コップのコーヒーが配られ少し温まる。(親切!)

    wienklimtathena.jpg

有名な2点。クリムトの「ユーディットⅡサロメ」(左)と、「パラス・アテナ」(右)
金色なので、目立ちます。
「パラス・アテナ」が発表されたときは物議をかもしたそうですが、今でもぎょっとします。
この絵で、クリムトは「ウィーン分離派」の先駆者といわれています。

アテナは学問と正義の戦いの神。崇高な存在という解釈が普通だったのに、クリムトは
アテナを自信過剰の狂気の存在として描いているのです。
金ぴかの兜にうろこ模様の胸甲、見るものを石に変えるというゴルゴンが胸に輝き、
右手に金の杖、左手に勝利の神ニケを持つ。左手(肩)の上にはフクロウがいる。
ゴルゴンとフクロウは、アテナのしるし。にらむような眼。こわ~い絵です。
 

これも有名なクリムトの「ダナエ」。恍惚の表情がなんともいえなくて。。。
こちらは挑戦的なアテナと違ってほっとします。



クリムトの風景画もいいです。


これもクリムト「青い帽子の女」



この展覧会はクリムト中心だけど、クリムトとエゴン・シーレを比較しているのが
興味深かった。このことは次回書きますね。