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アルテ・ピナコテークのイタリア絵画 [外国の美術館、博物館]

 ミュンヘンには、大きな公園をはさんで2つの美術館、古い美術品のアルテ・ピナコテーク
と、19世紀以降の美術品のノイエ・ピナコテークがあります。
この写真の正面に見えるのは、ノイエ・ピナコテーク。(アルテの写真がなかったので)
アルテはドイツらしい長方形のがっちりした大きな建物。

 ↓この前ご紹介したペルジーノの代表作のひとつ 「聖ベルナドゥスの幻視」(1490年)
聖ベルナドゥスは説教が上手で、マリア信仰を発展させた人。しるしは白い修道服。
http://blog.so-net.ne.jp/taekoParis/2007-06-12

 
↓ラファエロの代表作のひとつ「カニジャーニの聖家族」(1505年)
卵型の顔、遠景の景色、マリアの服などに師ペルジーノの影響が伺えます。

 


 ↓ペルジーノより前の年代のイタリア、プラートの画家フィリッポ・リッピ
の代表作のひとつ 「受胎告知」(1450年)
この画家の破天荒なエピソードは、plotさんのブログにくわしく書いてあります。

http://blog.so-net.ne.jp/firenze/2006-05-24-1

 

 

↓レオナルド・ダヴィンチの「聖母子」(1473年)
ダヴィンチ21歳の作品。 ダヴィンチは作品数が少ないので、美術館で出会う機会は少ないのです。
この絵を見たときは、遠景の景色に目を奪われました。


以上は、アルテ・ピナコークの「14世紀から16世紀のイタリア部屋」の作品です。
とにかく優れた作品が多い美術館なので、追々、別の部屋もご紹介します。

 19世紀にルドウィッヒ1世によって建てられた美術館の建物は、戦争で消失したため、戦後、
同じように再建されました。
吹き抜けの明るいエントランスホール。正面の階段を上がると、階段は左右に別れ、
どちらの展示室から見てもよいようになっています。展示室の大きな扉がすごく重いので、
ドイツらしい、と思いました。ドイツ語ばかりで、英語表記が少ないので、観光客には
不親切かもしれません。モダンなカフェは居心地よくおすすめです。
入場料5.5ユーロ(880円)は安いと思いました。
 
 ☆「りんこうさん」が、2010年、ここにいらした記事です。


桃花林で初夏の中華 [レストラン(中華・タイ)]

 ホテルオークラの「桃花林」は、一番好きな中華。
安くないけれど、味、雰囲気、サービスが極上で、時々食べたくなります。


「初夏特別メニュー」にしました。

「盛り合わせ冷菜」。
チャーシューが絶品。スライスしてから、もう一度、焦げ目をつけてあるんですよ。
香ばしくて、全員同時に「わ、おいしい」という品でした。
中央は海老、ガラスの器の中は、まんまるで厚みのあるクラゲ。さっぱりとした酢の味。
ピータン。手前は薄切りトマトに小柱をのせたもの。

 

「翡翠仕立て」というスープは「江戸菜」で緑色になっているのだそう。
江戸菜、よくわからないけど。。



北京ダック。ワゴンサービスで作ってくれるのですが、ふんわり絶妙な味。
一名、おかわりをしました。「別料金でございますが」といわれたけど(笑)

最初にお酒の担当で来た人がソムリエバッチをつけた若い外人。
日本語があやしいので、友達が「強い酒、ストロング、ストロングね」と確認するけれど、
「?」という顔をされたので、口の悪い私たちは「発音が悪いんじゃない」

次に、ワゴンサービスで、甕(かめ)入りの古酒をすすめられる。
発音が悪いといわれた友達は、悔しがって「さっき、ソムリエバッジつけた外人の人
が注文ききにきたけど、日本語が下手で、お酒の説明がわからなかった」
「申し訳ございません。まだ日本に来て日が浅いんですよ。ロワールのレストランの息子で
、フランスのソムリエ資格を持っているのですが、中華もやりたいということで」
道理で、英語にすぐ反応しなかったわけね。修行中というわけですか。

写真は忘れましたが、さらに、さらに、お料理は続き、最後の冷麺。
ココナッツミルクがはいってるかのような味の濃厚スープで、おいしかったです。

おいししものを食べたから、がんばって働かなくちゃ。。


マジックショー [演劇、ミュージカル、Jazz]


「今、評判のマジックショーがあるんだけど行こう」と友達から誘われる。
「何ていう人?」「セロ」
つい数日前、その人の写真を某雑誌のシャンパン特集号で見たばかり。
ドンペリのヴィンテージといっしょに写ってた。

会場は、都内某ホテルの200人くらい収容の宴会会場。
日曜の昼間だったので、コーヒーとケーキつきだった。

会場が暗くなり、セロが登場。
「みなさーん、こんにちは、セロです」と英語なまりの日本語。アジア系の顔だち。
人懐っこい笑顔。

マジシャン・セロの動きはダンスのよう。タバコの火がぱっとリボンに変わる。
いろいろなものが突然出てくる。
会場の人の参加形式。コーラのはいってた紙コップがからになったり、着てた上着を
数秒後には、セロが着てたり。。驚きの連続。サプラーイズ!
友達が感激したラスバガスのマジックショーもこんなふうかなと、思う。

全員に配られたトランプで、各自、覚えておいたカードをセロが当てる。
自分の名前分だけ、めくるから、全員同じ操作ではない。カードは12枚。
トランプの数字にしくみがあるのだろうか?

帰り道、思い出したのは、20世紀初頭の2人のマジシャンの壮絶な戦いの映画「プレステージ」。
ヒュー・ジャックマン(pistaさん!)とクリスチャン・ベイル(バッドマン)の2人はマジシャン
(マイケル・ケイン)の弟子でライバル。いろいろな新しいマジックを研究しては発表し、舞台は人気。
しかし、危険も伴う舞台では、実際に命を落とす時があった。この場面が怖い。
交流電気を発明したニコラ・ステラ(デビット・ボウイ)に指導をうけ、火花のパチパチッ☆を
マジックショーにとりいれたり、マジックの舞台場面が華やかでひきつけられる。
スカーレット・ヨハンセンがヒロイン。
今、公開中。


ペルジーノ展 [展覧会(洋画)]

 ペルジーノは15世紀、イタリアのペルージャ出身。
ペルジーノという名前は、ペルージャの人という意味で、ペルージャを代表する人であった。
当時は、ダ・ヴィンチと並び称される大画家で、弟子がラファエロである。
でも、なぜ後世に名を残さなかったのか? と思いながら、会場にはいる。

ブルーが清々しい!
明るく優美な宗教画。
天使が大きいですね~。
周りを囲む顔だけの天使は、プット。赤ちゃん天使。
手前の左は、アッシジの聖フランチェスコ。この写真では、小さくて見えないけれど、
衣服の紐の前の3つの結び目が、清貧、純潔、服従を表すフランチェスコのしるし。
右は聖ベルナディーノ。病人、怪我人の救済の聖人で、IHSの字が目印。

遠景の建物や人々の小ささが、主題をきわだたせていて、
ピンクにブルーという色づかいは、ラファエロに伝えられている。

(↓会場入り口の写真)

ペルジーノは、フィレンツェ最大の工房で修行。この工房主は実に多才で
絵画だけでなく、ブロンズから花火、噴水まで手がけていた。
ダヴィンチもこの工房にいて、多才さを受け継いだ。

↑の(会場入り口写真)のパネルの絵と、上の絵、天使がよく似ているのは、
当時の工房では、弟子が師のマネをして描くのが通常だったから。
また、大きな作品の制作では、弟子は天使だけを担当したりしていた。

ダ・ヴィンチもラファエロもいろいろな新しい取り組みをし、天才ぶりを発揮したが、
人気作家ペルジーノは、たくさんの依頼に応えどんどん作品を作りつづけた。
同じタイプの作品の制作、つまり職人であった。その結果、晩年には飽きられてしまう。

ペルジーノは、システィナ礼拝堂の21メートルの壁画の6画面を依頼されて描くのだが、
ほどなく、3画面はミケランジェロの「最後の審判」に変えられてしまう。


↑「ヒエロニムス」
ヒエロニムスは聖書をヘブライ語からラテン語に訳した人。
禁欲的であったので、ヒエロニムスの絵はいつも手に石を持っている。欲望に負けそうに
なると、この石で自分をたたいたのだそう。  

この展覧会で宗教画でないものは、1点だけ。↓
       




★この展覧会は、新宿西口、損保ジャパン美術館にて、7月1日まで。
常設にゴッホの「ひまわり」、ゴーギャンの「アルルの並木道」、セザンヌの「りんごとナプキン」
があります。比較的すいていて、静かに見れる美術館です。


PARMA(パルマ展) [展覧会(洋画)]

 (短期留学の記事はちょっとお休みで、展覧会記事です)

 日本で人気がある画家は、モネ、ルノアール、ゴッホ、セザンヌ、ピカソなど19世紀以降。
中世の絵は宗教画が多く、作家になじみもないので、親しみがない。
しかし欧米の美術館に行くと、7割がたが19世紀以前のものであったりする。
そんな折、yk2さんやいっぷくさんなどの所でお名前を拝見していたplotさんの
ブログを読むうち、中世のフレスコ画のおもしろさがわかるようになってきた。




 今、東京・上野の西洋美術館で開催中の「パルマ展」は、イタリアのパルマで
16世紀に黄金時代を築いたふたりの画家コレッジョとパルミジャニーノに焦点を当てている。
パルミジャニーノの作品については、plotさんがモジリアーニと比較した記事を
書いていらっしゃるので、ご参考に。
http://blog.so-net.ne.jp/firenze/2007-04-21

 上の絵は、「聖カタリナの神秘の結婚」パルミジャニーノ作。
カタリナは皇帝の偶像崇拝を批判して斬首にされたが、キリストの花嫁となることを望んで
いたので、夢に幼児キリストが現れ、彼女に婚約指輪をはめたという主題の絵。
カタリナは右端。指輪をはめようと真剣な目つきで乗り出しているのが幼児キリスト。
中央はマリア、左には聖ヨハネ(杖を持つ)と聖ペテロ(鍵をもつ)。
優雅な顔立ち、玉虫色の色あいが高貴さ、神秘性を出している。

 ↑「聖カタリナと天使たち」
パルミジャニーノ作品の模写。この構図は、当時多くの画家が真似たそうだ。


    

↑左「ルクレティア」(パルミジャニーノ)
ローマ王の息子に凌辱されたルクレティアは、父と夫を呼び、ことの経緯を話し、
話し終えると、自らの胸を剣で刺し命を絶った。ルクレティアは貞節な女性として範とされている。
右も「ルクレティア」(パッセロッティ)、別の画家の作品。

   


↑「聖チェチリア」(パルミジャニーノ)
聖チェチリアは音楽の守護聖人。左手に弦楽器、右手に弓と楽器を持っている。
実物は、かなり大きい絵で圧倒される。

パルミジャニーノとは「パルマの人」という意味。そういうニックネームでよばれるほどの
天才パルミジャニーノは、画家(当時は職人)の一家に生まれ、礼拝堂の装飾の仕事で
コレッジョの元で働き、コレッジョの絵をお手本にしながらも自分らしさを出していった。
コレッジョは修行時代、マンテーニャ、ラファエロ、レオナルドらの影響をうけている。
コレッジョの優美かつダイナミックな様式は、以後、さまざまな画家たちの手本となった。


↑「幼児キリストを礼拝する聖母」(コレッジョ)
17世紀には、ウフィツィ宮殿(美術館)で、ラファエロらの傑作と共に飾られていた絵。
私は、背景の光と遠近法にも目を奪われた。

 1545年にパルマの領主となったファルネーゼ家は、スペインと姻戚関係を結んだ。



↑「アレッサンドロ・ファルネーゼを抱擁するパルマ」(マッツォーラ)
10歳のアレッサンドロが、叔父(母の弟)フェリペ2世のスペインへ旅立つ所。
アレッサンドロは今後の運命を予告するように甲冑を身につけ、指揮棒を握り、
地球儀にすわり、女神アテナの扮装で擬人化されたパルマから祝福を受けている。
実際、彼はスペインで無敵艦隊に加わり、レバントの海戦で活躍し、
スペインの領土であったオランダ総督をつとめた。

パルマの紹介も兼ねている展覧会で、生ハムやパルミジャーノチーズ、バルサミコ酢
を出口横の売店で売っていた。


短期留学(3) [旅行(米国・アジア・日本)]

 私のクラスは、アメリカ文化を学ぶということで、勉強よりも遠足が多かった。
Y子が「遊んでばっかりいるみたいね」と笑っていたけれど、まさにその通り。

(1)、市内見学
 フィラデルフィアは植民地時代の首都で、独立宣言が起草された都市。
独立宣言広場、初代国会議事堂、クエーカーのクライスト教会など歴史的な建物が多い。
歴史学科の大学院生が、歴史を語りながら街を案内してくれた。
「この港で、イギリスからの高い関税に反対して、港に着いた紅茶の箱が海に投げ捨てられました。
有名なボストン茶会事件です。」
イギリスの支配から自由になるために建国をした意気込みが、古い建物から伝わってくる。

 夜は、市民広場での「お祭り」に参加。
ピンボケ写真で、わからないと思うけど、これしかないので。。
サックス中心のバンドの演奏、立っているのが指揮者。
市民の人たちがダンスをしているところ。

 「みなさん、今日はこのフィラデルフィアに世界各国から、英語の勉強をするための人
たちが集まってきました。ご紹介します。フローム イタリー」イタリー軍団が壇上に上がり、
「ボンジョルノ、We are come from Italy、、、、、」「フローム コロンビア」、、、
一番最後に「フローム ジャパーン」。アカデミー賞の授賞式のスピーチのようにやれば
いいのね、と順番を待っている間に心の中で練習。

 バンドの演奏でダンスタイムになる。 皆、ちゃんと踊れるのでびっくり。 私?一応なんとか。。

(2)、プロ野球見物

 フィラデルフィアの地元チームは「フィーリーズ」。フィーリーズのナイターを見に行った。
イタリー、フランス、トルコと野球を知らない人たちがいるので、事前に授業で
野球のルールの説明。「日本でも野球はさかんですね?」と先生が私にきいた。
丁度、松坂のテレカをもっていたので、「日本で有名なピッチャー」と言って、
見せると「若い!」(コレ1999年の話です) 「ルーキー」と言ってみたら通じた。

 野球場は、西武球場とよく似ていた。スクリーン、投球スピード表示板、
ひょうきんなマスコット、あ~、日本がマネしてるんですね。
「ホットドッグ、ピーナッツ、ミラー、ビアー」と箱を首から吊るした売り子が来る。
ミラーはビールのブランドで、ビアーはライトビールなんだそう。

 内野指定席。隣はヴェネズエラの高校生エステル17歳。立ち上がって「○○~」と
大声で応援。「○○はね、ヴェネズエラの出身なの」「ヴェネズエラでプレイしてたのね」
「違う、してるの」「今、ここにいるのに現役?」
なんと、ヴェネズエラと大リーグはシーズンが逆なんだそう。だからオフシーズンは
ヴェネズエラでと、1年中プレイ。驚き~!

(3)、アラニス・モリセットのコンサート

 野球で仲良くなったエステルは隣の寮。「私の寮はすごくすてきなの。来て」
リビングにはマントルピース。家具や調度品も趣味がよく、ちょっとしたお屋敷。
ラジカセから聞こえてきた曲に「アラニス?」ときくと、顔を輝かせて「そう!
大好きなの。あさってコンサートがあるんだけど、ニュージャージーの島だから
ひとりじゃ行かれない。。。行ってくれる?」「いいわよ」

 ニュージャージーは隣の州。デラウェア川の対岸なので、船で渡る。
電車で30分くらい、それから船で5,6分、島に到着。
新しいホール。名前は「SONYホール」。日本のSONYが活躍でうれしい。
梁や照明など全部むき出しのコンクリートの箱といったつくり。

 7時半から前座。8時半、アラニスが黒のパンツスーツで登場。ピアノを弾きながら歌う。
途端に会場はピンと張り詰めた雰囲気になる。
ギター、ハーモニカと楽器を変えながら、1時間半ノンストップ。パワフル!
休憩の後、10時半に後半開始。舞台はインドの部屋ふう。赤い煙でさらにインドの雰囲気を。
サリーに身を包んだアラニスが、最近インドを旅してインスパイアされたからと、ヒット曲を
インド風アレンジで歌う。ヒット曲なので観客も全員立って合唱。ウェイブや手拍子。
最後にアラニスがインドの踊りを披露したときは、しんと静まりかえった。
11時半の終了。帰宅は1時でした。   
(つづく)