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オペレッタ(イタリア料理の店) [レストラン(イタリアン系)]

 オペレッタという名前の店。シャングリラホテルが高層階にはいってる昨年秋
オープンした丸の内トラストタワーの2F。 
広い店内で、ちょっとおしゃれな雰囲気は、会合にぴったり。
私も、ワイン好き8人で、にぎやかに楽しく盛り上がった。

これは、チーズカッター。チーズがしゅるしゅるっと花のように切れる。
テーブルでのパフォーマンス。これが、つきだし。
(テット・ド・モアンヌ=修道士の頭、という名前のチーズ。この専用削り器で花びらのように切れます)

fromage2.JPG

fromage.JPG antipasto.JPG

Vin1.JPG    vin2.JPG

 オードブル盛り合わせ、生牡蠣がおいしかった。
イタリアンなので、ワインのラベルがかわいい。
ピザが2種類。マルゲリータと生ハムサラダ。
パスタが2種類で、魚貝とトマトソースのペンネ。

pizza1.JPG

pizza2.JPG

pasta.JPG

 この辺で、おなかも満たされてきた。ワインは赤。
メインは、牛肉赤ワイン煮と海老、帆立のグリエが一皿に。

vin3.JPG   vin4.JPG

main.JPG

デザートは、トマト!すごくおいしいんだそうだけど、トマトは私苦手。
手前はチーズ。

tomatodessert.JPG

 vin5.JPG

最後に、今日、サービスしてくれたソムリエ氏とっておきの1本。
ボルドー、グラーヴのシャトー・カルボニュー。
コクがあっておいしい。さすが、今日の他のワインとは一線を画してた。
(このワインの説明は、Julliezさんが下で、コメントしてくださってます)

これは、「菜の花」の季節の頃のこと、東日本大震災の少し前でした。

nabana.JPG


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オルセー美術館のラファエル前派展 [Paris  展覧会]

 フランス旅行の記事は、今回が最後です。

 オルセー美術館でも、たいていは、何かの企画展が行われている。
今回は、「愛と死のバラード」と題した英国ラファエル前派(1848~1875)の
絵と写真展だった。
ラファエル前派は、英国ヴィクトリア朝のミレイ、ロセッティ、バーン・ジョーンズ
に代表される。夢や幻想の世界が多く描かれ、描かれる女性は美しい。
会場というほど広くはないブースに入ってすぐ、目立つのは、この絵。
ロセッティの「青い絹の服のジェーン・モリス」 金色の額縁に収まり、ライトを
浴びていた。
(撮影禁止なので、これは本から)
RossettiJaneMorris.jpg

写真家JohnRobertPersons撮影の「ジェーン・モリス」(1865)は、
ロセッティからの依頼で撮った写真。絵の中でジェーンが着ているドレスは、
この写真を参考に描いたと、わかる。顔は、写真より、だいぶ美しい。

PhotoJaneMorris.JPG

ジェーンは、ロセッティのモデルをつとめ、後にウィリアム・モリス(*)と結婚した。
ロセッティは、彼女をたいそう気に入っていたので、ショックだったとのこと。
写真より、ロセッティの絵の方が格段に美しいのが、うなづける。
                                 (*)デザイナー、アーツ&クラフツ運動                                  
ロセッティは、詩人でもあった。25歳のときに書いた詩「祝福されし乙女たち」
をイメージしたクレヨン画「恋人たち」。
黒のクレヨン一本で表現。これもジェーンがモデルの習作。

RossettiTheBlessedDamozel.JPG

下もJohnRobertPersonsが、ロセッティからの注文で撮った写真。
ロセッティの絵に出て来るドレス、ヘアスタイルになっている。

PortraitpourRossetti.JPG

参考にした写真と絵を並べて展示しているのが興味深かった。
ロセッティの描いた「ジャンヌ・ダルク」もあった。

同じくラファエル前派の中心人物、エドワード・バーン・ジョーンズの
「Princess Sabra」も美しい絵。
BurnJonesPrincessSabra.JPG  

Bunkamuraの「ミレイ展」で見たジョン・エヴァレット・ミレイの「マリアナ」の
小さいサイズも展示されていた。



 [るんるん]隣の部屋は、「グスタフ・マーラー展」だった。
はいると、交響曲4番が流れていた。マーラーの直筆の楽譜が展示されていて、
さらに曲のイメージに合う絵がかけてあった。クリムトの緑一面の野原の絵。
10枚組のレコードのジャケットも展示されていた。
奥さん「アルマ・マーラー」の写真や、ロダンの「マーラーの肖像」もあった。
なぜマーラー?と思ったら、没後100年なんですって。



 ブールデル美術館の記事をのせたので、オルセーの「ヘラクレス」の写真。
彫刻は型があると、同じものがいくつも作れる。
これは、2階に展示されているので、天井が近い。
Heracres.JPG

同じく2階に展示されているジョセフ・ベルナールの「ダンスをする母と子」(右)
左のタイトルは、?。 優美で単純な線洗練されていて気に入っている。

BernardFemme&enfantdansant.JPG


 オルセー美術館は、1年前に行ったときは、撮影OKだったが、今はダメ。
というわけで、写真はなし。

 今回、初めて見た絵で、印象に残ったのは、Cuno Amietの「冬景色」
画布一面に雪。山岳地方の平原。点のように小さい郵便配達夫の描く
シュプールがくっきり。よく見ると、雪は真っ白ではなく、いろいろな色が
混ざり合っている。景色の中に溶け込んでいける絵。


 
 友達の家での夕食は、羊の腿肉(gigot)。これがハンパじゃない量。
大皿に載ってるのが、私ひとり分。向こうのお皿の野菜(マッシュルーム、ポテト、
いんげん)を自分で適量とってね、となっている。
サラダは、マッシュ(つまみ菜のようなぶん)、キュウイ、りんご、グレープフルーツ、
、、、。フルーツだけとって食べたら、「果物はそっちの籠にあるんだから、野菜も
ちゃんととりなさい」って、言われてしまった。
果物籠の小ぶりメロン、とっても甘くておいしかった。

デザートは、プティフール(小さいケーキ)にアイスクリームと生クリームと巨大苺。
さらに、シャンパンには、イースターエッグのチョコ。Ju..から「汽車の中で食べてね」
ともらったぶん。

diner2.JPG

fruits.JPG gateaudessert.JPG

easteregg.JPG

 ワインやシャンパンをたくさん飲み、おいしいものを食べ、お喋りして、の~んびり。
緑いっぱいで丘が果てしなく続く景色を眺め、さらにパリでは、絵も見て、と、6泊とは
思えない充実した日々だった。 (また行きたくなる~)


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パリのブラッスリー [Paris レストラン・カフェ]

 パリで食事ができる店は、
1、レストラン 2、ビストロ 3、ブラッスリー 4、カフェ
と種類がある。レストランは特別なとき用で高級。ビストロは普段用。
カフェは、軽食なので、サンドイッチしかないところもある。
ブラッスリーは飲み物中心で簡単な食事、24時間営業も多い。
店によっては、ビストロよりメニューが充実している。

オペラ座の前で、オペラ通りと交差するキャプシーヌ通り(Bd Capucines)を
少し歩いたところにある店「グランカフェ・キャプシーヌ」Grand Cafe Capucinesは、
ベルエポック調の赤を基調としたおしゃれなパリらしいインテリアのブラッスリー。

ランチなので、陽が差し込んで明るい店内。

Capucines1.JPG

「きょうはお肉」という友達の選択は、前菜がフォアグラののったトーストとサラダ。
メインは、ハンバーグ。
「参考にすれば、家でも作れそう?」ときいたら、「ぜーんぜん、おいしさが違う」
との答だった。
Capucines3.JPG

Capucines4.JPG

「きょうはお魚」という私は、前菜がサラダ・ニソワーズ。
メインは、スズキのソテー、バルサミコソース、マッシュポテト。
ここのニソワーズは、ツナではなくて、アンチョビ。赤ピーマンがたくさん。

Capucines2.JPG

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写真がないけれど、デザートは、プロフィットロール。小さなシュークリームに
チョコレートソースがかかってるぶん。新国立劇場のオペラの幕間でも売っている。

ランチは値段が手ごろなので、観光客よりも現地のビジネスランチの人たちで
賑わっていた。


 この店「グランカフェ・キャプシーヌ」は、有名店で、わかりやすいから、待ち合わせ
に便利。
数年前、高校の同級生4人とスウェーデン旅行の帰り、パリ在のE子と、当時
ユネスコ勤務だったTさん、計6人、同期が集まり、ランチをここでした。
会食用の2階の部屋は、アールヌーボーのインテリアにステンドグラスの天井
で、華やかさを演出していた。

GrandCafe2.JPG

 この店でのおすすめは、「海の幸盛り合わせ」フリュイ・ド・メールFruits de Mer。
カキ、海老、カニ、貝類が、氷を盛った二段のお皿に載って、豪華に出て来る。
レモンを絞ってかけ、ビネグレットソースかマヨネーズで食べるとおいしい。
黒パンとバターもいっしょに出される。私たちも、もちろん、これを頼んだ。

      GrandCafe.JPG

 写真がないけれど、やはり、わかりやすい待ち合わせは、シャンゼリゼの「Alsace」
赤いひさしの店。
アルザス料理がメインだが、ここの「フリュイ・ド・メール」も豪華。

 「アルザス」の数軒先のマカロンで有名な「ラデュレ」で、友達と夕食を食べていたら、
外を通りかかった日本人の家族連れがこちらをちらっと見た。女の子だけが、はいって
きて、「日本人のかたですよね。この店、おいしいですか?」
「お母様にきいてらっしゃい、って、言われたの?」
「はい、食べるところを探してるんです」
「じゃ、この店じゃなくて、ここより、数軒先の赤いひさしのアルザスっていうお店がおすすめ
って伝えてね」と、E子が答えた。
パリ生活が長いE子のお店選びの基準は、「観光客ばかりの店はダメ、フランス人で
賑わってる店」、なんですって。たしかにそうだと思う。

 カフェでの待ち合わせは、シャンゼリゼの「フーケッツ」Fouquet's が、ランドマーク的存在。
メトロの「ジョルジュサンク」駅のそば。これはクリスマスのときの写真だけど。。
Fouquet.JPG


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ルドン展(夢の王子) [Paris  展覧会]

 オディロン・ルドンの回顧展をパリのグランパレで見た。
前記事の「17世紀風景画展」より、こちらの方がずっと賑わっていた。
「夢の王子」という副題は、ルドンの作品が、漂いつつ、瞑想に耽りつつで、
すべては彼の夢で包まれていたから。

LaCelluied'or.JPGThe Golden Cell(1902)

 ルドンは、1840年ボルドー生まれ。印象派の画家たちとほぼ同世代。
17歳の時、植物学者Clavaudから、目に見えない超自然的なものの存在を
教えられ、ボードレール、ダーウィン、アラン・ポー、ヒンズー教の詩などに
憧れた。ドラクロワのロマン主義的絵画も好みだった。
パリに出て建築を学び、22歳でボーザール(美術学校)を受験するが不合格。
絵に転向しようと、ジェロームの教室に通うが、肌に合わず、すぐに辞める。

ボルドーへ帰ったルドンは、リトグラフを習い、デューラーやレンブラントの
素晴らしさに目覚めた。普仏戦争への従軍もあったため、デビューは遅く、
39歳(1879年)の時に、リトグラフ「夢のなかで」を発表した。
夢のような無意識の世界にのめりこんでいた彼は、「黒」の世界に浸っていた。
「黒は、最も想像力をかきたてられる色」と、彼は述べている。

 2007年夏に、東京Bunkamuraのミュージアムで、「ルドンの黒」という
展覧会があった。よく見ればかわいいけれど、ぱっと見、グロテスクな蜘蛛。
この展覧会に行ったものの、感想記事を書く気にはならなかった。 

Redonsnoir.jpg   

左:ルドン25歳の作品「木の3つの幹」 
右:エドガー・アランポーの作品を意識したアルバム「ポー」の原画、
「無限へと向かう不思議な気球のような眼」(1882)

TroisTroncs d'Arbres.JPG L'oeil comme un ballon.JPG

この時代は、ポーのゴシック文学、ボードレールの「悪の華」、マラルメ「牧神の午後」
のように神秘的なものや象徴的なものに重きがある世紀末文学がはやっていたので、
ルドンは文学者たちから熱烈に支持され、挿絵を描いたりもした。

殉教者(1877)
この絵には、グロテスクさより深い精神性が感じられると思った。

Martyr.JPG

  1890年、50歳のとき、色と結婚したかのように、色彩の世界にのめりこむ。
上の「殉教者」に通じるものがある「眼を閉じて」(1904)は、フランス国家買い上げ
作品となった。
ApreslLeReve.JPG


左:「ゴーギャンへのオマージュ」(1903年)
右:「長い首の花瓶の野の花」(1912年)
豊かな色彩の花。ボルドー郊外の自然の中で育ったルドンは、植物が好きだった。

Hommage a Gauguin.JPG  RedonFleurRouge.jpg

30~40cmと比較的小さい作品が多いルドンだが、後年は、神話を主題とした
大きな作品が多い。
「アポロンの戦車」(1910年) 89×70cm

Le Char D'Apollon.JPG 

「ステンドグラス」(1907年)
左下にキリストの屍を抱くマリアが見える。

LeVitrail.JPG

「ブッダ」(1905年)
この作品の横には、キリストの絵が並べてあったので、西洋対東洋の対比。
関心を持って、じっと眺めている人が多かった。

LeBouddha.JPG

 最後は、ルドンが室内装飾をした部屋。黄色を基調としたステンドグラスのようなパネル。
日本の美術館から借りてきたルドンの屏風も置かれていた。当時がジャポニズムの時代
であったことがわかる。
部屋の様子は、このサイトの動画で見れます。

時代の変遷と共に、ルドンの絵が移り変わっていった様子が、見て取れ、とても面白かった。
(6月20日まで開催)


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17世紀の風景画展 [Paris  展覧会]

  パリのグランパレで、「17世紀の風景画展」(6月6日まで開催)を見た。
1600年から1650年のローマの風景、カラッチ、プッサン、ロラン、、が副題。

NatureetIdeal.JPG fig0

 西洋美術で17世紀に、風景画は、ひとつのジャンルとなった。
それ以前、風景は絵画の背景に描かれる要素でしかなかった。

 風景画を確立したのは、アンニーバレ・カラッチ(1560~1609)である。
カラッチは、イタリアのボローニャの画家一族の家に生まれた。
バロック様式の画家としての才能を認められ、ファルネーゼ卿からローマによばれた。
新しく建てる宮殿の壁画とギャラリーの装飾天井画を依頼されたのである。神々の
愛の神話を描くようにとのことだった。
 これと並行して、彼は描きたい絵に取り組んだ。風景画である。
丘、川の水、澄んだ大気、遠くにある光、木と葉が作る影、色の対比、日常生活を
営む人々、これらを配置し、実在しない理想の場所を設定して描いた。この展覧会
のポスターに使われている絵は、「Paysage fluvial(河のある風景)」 (ワシントン
ナショナルギャラリー蔵)である。(fig0)

 風景画がジャンルとして認められるまでは、風景は主役ではなく、宗教画のドラマ性
を引きたてるためのものだった。カラッチの「アブラハムの犠牲」(fig1)での主役は、
左上のアブラハムである。

CarracheSacrificeAbraham.JPG fig1 :Louvre

  それが、同じ宗教画でも、「エジプトへの逃避行」(1602~1604)になると、
人物と風景の主従が、ちょうど同じくらいになっている。
この絵は左右対称、背景に建物を描いたことで、風景の重みが増している。
アルドブランディーニ枢機卿の宮殿のチャペルの扉上部の装飾絵であった。
CarracheFeuiteEgypt.JPG
 (この絵は、展示予定で、図録にも載っていたが、借りれなかったとのこと。)

カラッチが、ローマの田園風景を理想の風景としたのは、、「すべての道はローマ
に通ず」という諺もあるほど、ローマは歴史ある永遠の都として確立し、聖なる
テーマにふさわしかったのである。

(昨年のカポディモンテ美術館展は、ファルネーゼコレクションだったので、カラッチ一族の絵も展示されていた)

この時代は、いろいろな国から画家たちがローマに勉強に来た。フランドル地方の
ヤン・ブリューゲル(fig3)もローマで学んだ。先輩のパウル・ブリルが、カラッチ流の絵
「カンポ・ヴァチーノの眺め」(fig2)で、成功していたからである。
カンポ・ヴァチーノは古代ローマ時代の凱旋門やコロッセオが残る場所で、クロード・ロラン
もここを描いている。
昨年、ターナーが描いたカンポ・ヴァチーノの絵が過去最高額40億円で、落札され、ニュースになった。

PaulBrilVueCampoVaccino.JPG fig2
牛市場のあるカンポ・ヴァチーノの眺め(1600)  Paul Bril(1554-1626)  
  ドレスデン州立美術館

JanBrueghelPaysageSaintFulgence.JPG fig3
聖Fulgenceのいる風景(1595) Jan Brugel(1568-1625)
  ウィーン歴史美術館

 フランスのクロード・ロランは20歳でローマに行き、フランドル地方から来た
画家たちと住んだが、彼らは皆、独学であった。後にアゴスティーノ・タッシ(fig4)
と共同制作をし、タッシからいろいろ学んだ。タッシは、絵に古代遺跡を取り入れ、
過去への郷愁を描くのが上手だった。
AgostinoTassiPaysage.JPG fig4
風景と呪い術の場面 (1625) Agostino Tassi(1578-1644)
 ボルティモア・ウォルターギャラリー

ロランの絵は主役が風景である。光と大気、空、木々、小さく描かれた人物が
理想の田園風景の中に溶け込む。(fig5)
LorrainPaysageBerger.JPG fig5
牧者のいる風景(1634)  Claude Lorrain(1600-1682)
 ロンドン・ナショナルギャラリー

ロランも神殿などの古代遺跡を絵にとりこみ歴史的な雰囲気を持たせた。
さらに彼は空の様子を細かく観察し、巧みに表現した。(fig6,fig7)
枢機卿や外交官がロランの絵を気に入り、フランス上流階級から多くの注文が来た。

Lorrain RaphaelTobie.JPG  ClaudeLorrainVueCapitale.JPG
fig6:大天使ラファエロとトビアス(1639)   fig7:Capitoleと港の眺め(1636)  
 マドリッド、プラド美術館                         Louvre

展覧会場で、明るく人目をひくこの絵は、フランチェスコ・アルバーニの作品。
(fig8)   彼はカラッチの弟子で、ヴィーナスを描くのが得意だった。
この絵は、クイリナーレ宮殿礼拝堂の絵として制作された。

 AlbaniToilletteVenus.JPG  fig8
 ヴィーナスの化粧(1617) Francesco Albani(1578-1660)
 ローマ ボルゲーゼ美術館      

 最後は、ニコラ・プッサン。プッサンはフランス人で、イタリアに来た初めは、
叙情的雰囲気の神話画を描いていた(fig9)が、同じフランス人のロランとも
親交があり、カラッチ風の古代遺跡をとりいれた絵を描くようになった。

プッサンの絵で重要なのは、「パトモス島の聖ヨハネのいる風景」(fig10)
人物が風景の中に溶け込み、中央で左右対称の構図は数学的な整合性を持っている。

ロランと同様、プッサンの絵も、ルイ13世の宰相リシュリーに好まれ、後に
ルイ14世の教育係となるジュリオ・マザリーニを通して、フランスに運ばれた。
ルイ14世は、プッサンの絵をたくさん所蔵し、それらが今、ルーヴルの所蔵品
となっている。

 PoussinBacchanaleguitter.JPG fig9
アンドロス島の大酒宴(1627) Nicolas Poussin(1594-1665) :Louvre

PoussinPaysageAvecSaintJean.JPG fig10
「パトモス島の聖ヨハネのいる風景」(1640) Nicolas Poussin(1594-1665)
 シカゴ 美術研究所

[ひらめき] ルーヴル美術館に、ロランやプッサンの絵は、かなりあるが、この展覧会のために、
いろいろな美術館から、重要な絵を借りてきていて、ストーリー性のある構成で楽しめた。


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ミロの彫刻展(マイヨール美術館) [Paris  展覧会]

 かわいいポップなミロの絵は、よく知られているけれど、彫刻はあまり知られていない。
ジョアン・ミロ(1893~1983)は、20世紀スペインを代表する芸術家。
50歳を過ぎてから、まず、陶器に取り組み、次にブロンズの彫刻、その後、野外に置く
モニュメントを制作した。50歳を過ぎてからといえど、80歳まで後世に残る作品を作り
続けた。

 彫刻作品には、Femme(女性)というタイトルのものが、多かった。
丸い形で、故郷カタロニアの女神の母性を表現。ブロンズで制作後、
素朴さと古さを出すために、緑青をかけてある。
「女性の頭」1967年          「Personage」(人物)1968年
                        こちらは男性。何でわかるかって、それは(笑)
Miro2.JPG    Miro8.JPG図録の表紙

 
 次にミロは、赤、青、黄色の原色を使う表現を始めた。
『詩が単語の集合であるように、ミロにとって彫刻は、ものの集合の実験。
作品のタイトルは、「Girl Escaping」(1968)(左)、
「Man and woman at night」(1969)(右)、とhaikusを読むようだ』
と、展覧会のカタログに書いてあった。(haikuは英語なんですね。)

Miro5.JPG     Miro1.JPG

 カルダーが始めた動く彫刻が「モビール」。
ミロもモビールっぽい造形のものを作った。
女性(1970)     私にはペンギンのように見えるけど、動きがあって楽しい。

Miro9.JPG

そして、私が好きだったのは、どっしりとした「犬」(1974)        Miro3.JPG                                                                   


 ミロは、同じスペイン、カタロニア出身のダリ、ピカソとほぼ同年代。若い頃、
フランスに留学し、多くの画家たちと親交を持ったが、カタロニアに戻った。
2つの大戦を体験し、フランコ独裁政権の下で虐げられたカタロニア、と、辛い
生涯だったが、作品に多く登場する太陽、月は突き抜けて明るい。
描かれる動物たちは自然で、童心のような汚れなさ、はっきりした配色は、
リズム感があって、気持ちいい。
     

 ミロは、大きな野外作品、モニュメントも作った。
南フランスのサン・ポール・ヴァンスにある「マーグ財団美術館」の庭に作品が、
たくさんあるので、そのようすをビデオで見せていた。

ガーゴイル(1964)
Miro7.JPG

 1970年代に、この庭をデューク・エリントンが訪れ、作品を見た後、ミロと歓談。
即興で、「ミロへのブルース」を演奏し、彼に捧げた。その時の様子もビデオで
流れていた。

 

 [位置情報] この展覧会の会場は、パリ7区、官庁街にあるマイヨール美術館。
彫刻家マイヨールのモデルであったディナが、古い館を買い取り、美術館とした。
普段は、マイヨールの作品とコレクションが展示されているが、こういう企画展の
時は、マイヨールものは、ひっそりと、ほんの数点だけの展示。

 MuseMaillol2.JPG

  マイヨールは最初、画家だった。パリの美術学校に学び、ナビ派に心酔するが、
目を悪くし、彫刻に転向した。
 (詳しくは、yk2さんの「アリスティード・マイヨール」記事を参考になさってください)

 MuseMaillol4.JPG

 MuseMaillol3.JPG

  代表作「地中海」のある部屋には、彼の描いた絵、コレクションした絵が、
ひっそりと置かれていた。

 

 マイヨール美術館の隣は、東京にもお店があるケーキ屋さんの「Dalloyau」ダロワイヨー。
ケーキを買ったけど、あらら、こんなに。。。
dalloyau.JPG


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