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最近飲んだワイン [シャンパン&ワイン]

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弟から電話で、「明日、牡蠣が届くから、少し持って行くけど、家にいる?」
「お昼ご飯に友達が来るから、家にいるわ」
こんなに大きな岩牡蠣を持ってきてくれた。
3年前、震災の時、南三陸町に寄付をしたら、牡蠣の養殖が成功しました、と
お礼に送って来たんですって。「忘れてたのに偉いよな、50個以上来たんだよ」
と弟はニコニコ顔。
説明書きにあった通り、少し蒸して食べたら、ふんわりとエキスがじわっと沁みて
美味しい!

いつものことだけど、食べ終わって片づけてる時、写真、撮っとけばよかった。。
これ、中身のない殻だけの写真。
「牡蠣だからシャブリでしょ」、一本では足りないから、ブルゴーニュの白。

この日、「お昼だと、私、朝、ゆっくり寝てるから作る時間がないし、困ったな」
と、言ったら、友達が、「海老春巻き」と「ハスとアスパラの炒めもの」を作って
来てくれた。私は。お刺身を買って、真鯛をソテーして、新じゃがをゆで、
パプリカとインゲンを付け合わせに。ナスの煮浸し+さやえんどう、ソラマメ。
12時半に始めたのに、もしかしたらの予想どおり夜に突入。牛肉を焼いて、
牡蠣を食べ夜ごはん。4人で7本。


そのほか、最近、飲んだもので、写真があるのは、
友達の家のベランダで2人で、シャンパン。もう一名を待ちながら飲んだ。

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甲州のワイン紅白をもらったので、早速、飲んだ時の写真。
私はワインをいただくと、「せっかくだから」と、すぐ飲むことにしている。

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普通においしかった。

自分で買ったポメリーシャンパンのWinter。ワインはすぐ飲んでも、シャンパンは
何かある時、って思っていたら、冬が終わっちゃうので、慌てて飲んだ。

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おいしかったケーキ。チョコレートの辻口さんの店の季節限定品。
春なので、ベリーづくし。
左からブルーベリー、ラズベリー、ブラックベリー、ストロベリー。
台のスポンジの間にはさまれてるジャムもベリー系。

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ザッキン美術館 [Paris 美術館]

ザッキン美術館は、彫刻家ザッキン(1890~1967)のアトリエを美術館に
していて、モンパルナスの住宅街にひっそりとある。
私の知っているザッキン彫刻は、ブリヂストン美術館の「三美神」、庭園美術館の
「住まい」のような無機質の厚みのない平べったい人間の像。


ここでも、平べったい2人の人間の彫刻が出迎えてくれた。
「ゴッホ兄弟へのモニュメント」1963年。
弟テオに寄り添うヴィンセント。寂しさが漂う。
オランダのZundert広場にある彫刻「ゴッホ兄弟」の縮小版。

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ザッキンはロシア生まれ。経済的に豊かなユダヤ系の家庭に育つ。
彫刻家を目指してパリに来て、ピカソ、フジタ、モディリアーニたちと知り合う。
キュビズムの彫刻家として脚光を浴びたが、アフリカの原始彫刻にも興味を持ち、
温かみのあるブランクーシふうの木彫もあった。

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アトリエは小さいが、緑に覆われた庭があり、そこに彫刻が配置されている。
緑が生い茂り、彫刻が見えにくいが、左側、両手を高く上げているポーズは、
代表作「破壊された都市」1947年。戦争の悲惨さを訴え、2度と戦争をおこさ
ないようにと祈りをこめて造られた。もう少し大きなものが、オランダ・ロッテルダム
の広場に設置されている。
右側は顔が見えないが、「オルフェ」1935年
ギリシア神話の吟遊詩人オルフェ。竪琴を持っているが、胸が引き裂かれている。
キュビズムとギリシア彫刻の融合をめざしたそうだ。

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左側は、「人間の森」1957年。人間と植物の融合


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「水を運ぶ女性」1927年
この女性のつるりとした体は、ブリヂストン美術館にある胴体だけの作品
「ポモナ」に繋がって行く気がする。

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展示室内には、「水を運ぶ女性」の試作だろうか。木彫が見える。
奥は、「ポモナ」に至る手前のような黒檀の作品。
ザッキンは、石彫、木彫の作品も多く、木を愛していたということが伝わってくる。

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こんなふうに人間より大きいやさしさにあふれた木彫作品がいくつかあった。

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アトリエでの展示を見て歩いていると、ザッキンを身近に感じることができた。
若い頃の写真があったが、なかなかのイケ面。[黒ハート]


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レディ・ベス [演劇、ミュージカル、Jazz]

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レディ・ベスは、エリザベス1世の少女時代の呼び名。
「なぜプリンセス・ベスじゃないの?」と、劇中に台詞があるように、エリザベス1世は、
2歳半の時、母アン・ブーリンがねつ造された不義の咎で処刑されたため、プリンセス
の称号をはく奪されたのだった。

これは、エリザベス1世がレディ・ベスだった時、つまり少女時代の話のミュージカル。
母は処刑され、義姉メアリー・スチュアートからは冷たくされていたけれど、良き家庭教師
キャット・アシュリーとロジャー・アスカムの御蔭で、ラテン語、ギリシア語に堪能となり、
フランス語、イタリア語も話せた。またその時代最高の教養を身に着けていた。

さて、幕が開くと、アスカム先生一人が舞台下手に登場。
英国王室の歴史講座。石丸幹二の歌が始まった途端、この歌は山口祐一郎の
深い厚みのある包み込むような歌声にぴったりだったと思った。石丸さんはきれいな声で、
上手だけど、舞台まわしのこの役は、特別な声の方が、これから始まるという高揚感が
出ると思う。

舞台のセットとしては、大きな天球儀や天文時計が使われていて、時代をさかのぼる
役割として効果的だった。

エリザベス1世は、生涯独身だったので、なぜ?と私も思っていたが、映画「エリザベス」
で、幼なじみの貴族ロバート・ダドリーと恋愛関係にあったが、結局、国を守るため
結婚はしなかったという説に納得していた。
今回のミュージカルでは、吟遊詩人と知り合い、彼と恋愛関係になるが、王位継承の
段になった時、身分の違いを悟り、恋でなく王位の座を選ぶという話になっている。

imagesWS9GQ5AQ.jpgエリザベス1世肖像画

キャストは、教育係キャットの涼風真世以外の大きな役は、ダブルキャスト。
だから、上のチラシのように、2人ずつ、うつっている。
女性キャストは宝塚出身の人が多いので、歌も芝居も上手い。
吟遊詩人ロビンは、自由な魂で恋に夢中な若者という感じが伝わってくる。
夜、ベランダに立つベスに会うため、庭の木の垂れ枝をロープにしてターザンのように
ベランダに飛び込む場面は、「おっ!」だった。
スペイン王子フェリペは、派手な衣装に上半身裸というセクシースタイルでビリヤード
で遊んでいる場面で登場。遊び好きで、わかりやすい性格が面白い。
帝劇では御馴染み悪役の吉野圭吾さん、今回も悪役。ガーディナー司教役の
石川禅さんとの悪のコンビの演技が笑いをよんでいた。

よく知られている話だが、ヘンリー8世は、エリザベスの母=アン・ブーリンと結婚
するため、離婚をローマ法王に申し出たが、許されなかったため、法王と決別し、
英国国教会を作った。正妻の娘メアリは、エリザベスを妾の子とさげすみ、母と
同じくカソリックを貫き、血のメアリと呼ばれるほど、反カソリックの者を弾圧、処刑した。
エリザベスは、父母と同じくプロテスタントであったので、メアリから憎まれた。

ミュージカルなので、読むと難しいストーリーをわかりやすい台詞と、印象に残る
メロディの歌で表現している。王室ものだから衣装が豪華。
脚本・歌は『エリザベート』、『モーツァルト』と同じくミヒャエル・クンツェとシルヴェスター・
リーヴァイのコンビ。歴史がわからなくても楽しめるように作られているし、逆にこれを
見ると、王室の歴史に興味がわくかもしれない。

24日までです。

pistacciさんの記事もあります。


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西麻布いちのや(うなぎ) [和食]

連休の時のこと。
M子さんが見たいという映画「8月の家族たち」を見ての帰り、「何、食べる?」
「メリル・ストリーヴの演技がすごすぎて、どっしりきてる。何か和みたい感じ。」
「それなら、ゆっくり何かつまんで飲んでるうちに鰻が焼きあがる「いちのや」が
いいわよ。あいてるかきいてみるわね」と予約の電話をいれてくれた。満席の
ことが多いんですって。

西麻布交差点から3軒目くらい、歩道に面してのれんの下に黒い階段が5段ほど。
それが入口。黒く塗られた板塀から値段の高い割烹の店かと思っていた。。

カウンター席しか空いていないと言われたが、カウンターは作っている所が見える
から好き。
クラゲののったサラダ、鰻巻卵、ゴボウの天ぷらで、白ワインを食べながら、焼く
のに50分かかる主役の鰻重を待つ。鰻巻の甘さに癒される。
映画を見て、「何年後かにあんなになったら、どうしよう。痛いからと薬漬けで」と
重い気持ちだったのが、ワインのおかげで徐々に癒され、会話もはずむ。
「ベネディクト・カンバーバッチって、変わった顔よねー。この間、一緒に見た”12年奴隷の映画”
にも出てたわね」とか、「ジュリア・ロバーツの御主人役がユアン・マクレガーって、
はじめわからなかった。いい感じに年とってきたわね」
「ねぇねぇ、年とったら、かつら、便利かも」「そう!」って、だんだん映画の中でも、
楽しかったシーンの方に話題が向く。

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焼きあがった鰻は、ふんわり。少し甘めでおしょうゆ味もしっかりのタレがおいしい。

ワインを続けて頼もうとしたけどボトルは、ハーフだけ。鰻屋さんだから、当然、
日本酒が中心。「まだ、ふたりで1本は飲むわよね」「うん、新しくできた八兵衛に
行って飲みましょう」
と、交差点角にできた八兵衛西麻布店に向かった。

「へぇい、いらっしゃーい!」と威勢のいい声に迎えられ、なじみの板さんがいる
カウンターの前にすわる。鰻を食べて来た、と言ったけど、見繕ったつまみが続々。
さっきは、お刺身がなかったから、丁度いいわと、美味しく食べた。

数日後、うちでT子夫妻、M子さん、私で飲んだ時、M子さんが、この日の私の
食べっぷりを呆れて話したら、T子は少しも驚かず、「私、高校生の時、いっしょに
スキー行ったから、知ってるけど、この人、食べ物に偏りがあって、好きなものを
とことん食べるのよ」  え~、そんな。。。


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「パリ1900年」展 [Paris  展覧会]

 「プティパレで、『パリ1900年』っていう展覧会が始まったって、新聞に出てるわ。
面白そうよ。1900年のパリ万博の時のようすを見せるんですって」と、Eが一面
特集になっている記事を見せてくれた。さっそく出かけた。

プティパレは、グランパレと共に、1900年の万博用に建てられた。
ご覧のように宮殿ふうの荘厳で豪華な造り。

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paris1900-2.jpg 上の写真の垂れ幕部分を拡大

チケットを買って中へはいると、会場への入口は、こんなふう。
ドーム型の天井はとても高く、天井の絵も美しい。

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ここから先は、撮影禁止なので、新聞記事にそって説明すると、
「パリ1900年:豪遊」
ベルエポック時代のパリ、万博が開かれ、この時代はパリの全盛期だった。
 は、ロートレック作「『シルペルク』でボレロを踊るマルセル・ランデール」
ランデール嬢の速い動きが伝わってくる。シルペルクは、劇場の名前。この公演は
大評判で、ロートレックはこの公演を20回以上見たそうだ。

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ロートレックの絵にあるように、この時代、人々はお洒落をしてレストランや劇場に
出かけたりした。 「三日月に黒猫」は、アドルフ・ヴィレットのイラストで、当時、
有名だった文学キャバレー「シャノワール」(黒猫)の看板。シャノワールには、若き
ドビュッシーら音楽家たちも集った。
2 夜のお出かけ用のケープ。これは実際に伯爵夫人が着ていた豪華なもの。 

工芸品、家具、宝飾品にも斬新な素晴らしいものが造られた。
4 エミール・ガレの花をモチーフにしたアール・ヌーヴォーの花瓶(右下)は、
当時の人気女優サラ・ベルナールからも絶賛された。

1900年のパリは、産業革命が浸透し、万博のために地下鉄が開通した。
地下鉄の入口は、ギマールによるアールヌーヴォーのデザインで、今でも
使われている。
ロシアからは、万博を記念して、欄干が金色に輝くアレクサンドル3世橋が
寄贈された。世界初のデパートも出来、人々の生活は大きく変わった。

パビリオンには、自動車、世界初のエスカレーター、メリエスの映画、電気に
よる照明など新しい製品が展示され、人々を驚かせた。

カミーユ・ピトンが描いた「アレクサンドル3世橋からアンバリッド前の広場を望む」
1900年頃

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Henri Gervexが描いた「プレカトランでの晩さん会」 1909年
盛装した人たちがエレガントで華やか。ブーローニュの森のレストラン「プレカトラン」
は、こんな昔からあるのね。親友Eが、「一番パリらしいレストラン」と連れて行って
くれたのは、ここだった。

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当時、人気があった絵。ジャン・ベローの「パリジェンヌ、コンコルド広場にて」
この時から、パリジェンヌという言葉が定着し、パリジェンヌがおしゃれの代名詞の
ようになった。
右は、スタンランが描いた「シャノアール」のポスター。Rodolphe Salus(経営者の名前)

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演劇も大いに流行った。ミュシャの描いた女優サラ・ベルナールの芝居のポスターは
どれも大人気だった。「LORENZACCIO」は、サラが男役に挑み話題になった芝居。
ミュシャ作の「La Nature」銀と金のブロンズ像は、きらきら輝き、存在感があった。
写真なので、銀の部分がゴツゴツして見えるけど、実物は、なめらかで美しい。

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当時、絵画の世界は、伝統的なアカデミズムと印象派(象徴派)が対立していた。
下左)アカデミズムを代表するジェロームの「水浴する女」は、モダンへの挑戦と言われた。
下右)マイヨールの「地中海、コートダジュール」は、マイヨールが彫刻をする前、画家
だった頃の作品。シャヴァンヌ、ヴュイヤール、ボナール、ドニに影響を受けていたが、
ゴーギャン芸術に啓示を受けた。

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40才過ぎてマイヨールは彫刻家に転身した。絵と同様に彫刻においても、モデルを
単純化し、ボリュームと輪郭は正確にするという総合的、抽象的な見方を示した。
マイヨールは、当時の有名な画商ヴォラールのすすめで、彫刻の個展を開き、
ロダンに絶賛された。数年後、サロンに「地中海」(この絵と同じタイトル)が入選し、
才能が開花した。マイヨールのなめらかな肌合いの作風は、ロダンが支配的地位
(1900年万博でもロダンは個人のパビリオンを持つほどだった)の彫刻界への
挑戦であった。

セザンヌが描いた「画商ヴォラール」    ロダンの「アムールとプシケ」

paris1900-cezanne.jpg  paris1900-Rodin.jpg  

会場を出た所には、ブルーの照明で当時のようすが映されていた。

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見応えのある良い展覧会だった。8月17日まで開催中。


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