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OSTU(オストゥ)・代々木公園 [レストラン(イタリアン系)]

ひょんなことから、中学の同級生SくんとNe、私の3人で食事をすることになった。
3人に遠くない場所でおいしい所という選択で、イタリアンのOSTU(オストゥ)に予約を入れた。
メトロの「代々木公園」から歩いて3分だが、小田急線の「代々木八幡」にも歩いて3分の場所。

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この写真は、もう宴たけなわ。メインディッシュを一口食べたところで、メニューを見ながら
デザートを選んでいるところ。

テーブルの上はメインディッシュ「はちきん地鶏のガランティーヌ、白トリュフかけ」
運ばれて来たとたん、白トリュフの香りが鼻をつく。白トリュフはピエモンテ州アルバの特産品。
はちきん地鶏は味が濃くて美味しい。
アスパラ・ソバージュ(野生のアスパラ)を添えて。
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イタリアの国土は縦に長く気候も異なるため州によって料理が異なる。
この店は北西部のピエモンテ州の料理。アルプスの麓だから乳製品が多いのが特徴。
ミシュランの星もとっている。


料理は、プリフィックス・スタイルで、
前菜、パスタ2種、メイン、デザート、コーヒー、小菓子という構成。

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左から、 熊本県産馬肉のタルタル、ドライトマトとモッツァレラチーズのパイ皮包み。
下の段は、イワシのマリネ。白ワインといっしょに。

前菜はもう一品。サルシッチャ(自家製ソーセージ)とグリュイエールチーズ、カルチョッフィ(アーティチョーク)
のグラタン。STAUBのココットに入って出てきた。カルチョッフィーは今が旬。
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パスタ2種類は、5種類の中から選ぶ。
桜海老とグリーンアスパラのパスタ(タリアッティーニ)と、トマトソースだけのシンプルなのを頼んだ。
桜海老が季節のものなので新鮮、ソースが細麺タリアッティーニによく絡んで美味しい。
シンプルトマトソースのパスタは写真なし。


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デザートは、ピエモンテ特産のナッツを使った「トルティーノ」を頼んだ。
hp.jpg(お店のHPからの写真)


Sくんとご飯を食べるのは何十年ぶり。
最初に飲み物をオーダーする時に、「僕は胃を手術して飲めないので、ウーロン茶を」
「ウーロン茶は置いてないんですよ。ブラッドオレンジのジュースはいかがですか?」
「甘いのは苦手で、、、水で、、あ、一緒に白ワインで」(私が飲むから白ワインと横で囁いた)


そんなSくんの胃にもやさしいイタリア料理だった。

Sくんが話し、Neがインタビューするというパターン。Neのインタビュー能力がすばらしく、
ぐいぐい切り込む(笑)「いやぁ、あなたがそんな人だとは思わなかったよ。背が高くて美しく
秀才で」「今は違うって言いたいんでしょ。わかってるわよ」


6時に待ち合わせたのに、あっという間に9時半過ぎ。
こじんまりしていて気取らず居心地がいい店。また来よう。

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ひのきざか(リッツ・カールトン東京) [和食]

和食好きのM子さんの誕生日だったので、六本木ミッドタウンにあるリッツ・カールトンホテルの和食
「ひのきざか」に行った。

このホテルは45階にロビーがあり、レストランも同じ階にあるので、窓からの眺めがすばらしい。
6時過ぎ、夕陽の時間だったので、ダイナミックな空! 左手の緑は青山墓地。

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15000円のコースにした。
前菜は、左からクルミとインゲンの胡麻和え、鮎の稚魚の南蛮漬け、鴨ローズ肉、平貝焼き、ほたるいか


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お椀は、あいなめの葛打ち(美味)、蓮根餅、人参(私的にはいらなかった)、緑野菜、花柚子

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お造り、雪に見立てて美しい。テーブルの上には蝋燭まがいの灯り。



お凌ぎは、蒸した鰻の載った寿司一つ。
焼き物は、目板鰈の若狭焼き(身が崩れないよう一塩をして、うろこをつけたまま焼く) 載っていたのはウドの細切り?


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炊きあわせは、湯葉、ぜんまい、タケノコ、里芋
酢の物は、海老、水蛸、白ズイキ、ワカメ?


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食事は、あおさうどん、山菜天ぷら

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ここまで順調に写真を撮ってきたけれど、最後の「水菓子」(デザート)を撮り忘れ。

山梨の白ワインもあったけれど、ロワールの白のほうが好きなので、それをボトルでとった。


どれも丁寧に作られていて、日本料理ならではの食材が多く、美味しかった。
ていねいなサービスだったが、サービス料は15%と安くはないので、当然だろう。


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シャセリオー展 [展覧会(洋画)]

シャセリオーの名前を初めてきく人も多いと思う。

下のチケットの絵のように、すばらしい腕前で、奥深い魅力がある。
私もルーヴル美術館に行くたびに、シャセリオーの絵には惹きつけられてしまう。
 その時の記事は、ここをクリック

37才で亡くなったため、絵の数が多くないことと、大作の「パリの会計検査院壁画」が破壊されたため、
誰でもが知っている画家ではないが、ギュスターヴ・モロー、シャヴァンヌに大きな影響を与えた。


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1、アングルのアトリエ

シャセリオーは、1819年カリブ海にあるフランス植民地イスパニョーラ島(今のドミニカ)で生まれた。
父はフランス人だが、母は現地の地主の娘で、シャセリオーが2歳の時、一家でフランスに戻る。
幼い頃から絵の才能を示し11歳でアングルに弟子入りした。

15才の時、スペイン絵画にも興味があったシャセリオーはルーヴル宮で、グレコの絵を模写した。
アングルが、「とてもよく出来ているから、ずっと持っているように」と言ったほどの出来栄え。
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16才の時の自画像
シャセリオーは、母がクレオール(植民地の原住民)なため、自分の容貌を好きでなかった。
そのため、一切、写真を撮らせなかった。自画像もこれ一枚だけである。
アングル風の古典的伝統に基づき、スペイン絵画の写実も取り入れた絵であるが、顔の右半分に
暗い影を描きいれているのは、心理描写なのであろうか。
容貌コンプレックスがあっても、彼は上品で会話が洗練されていたので、女性にもてた。

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当時の画壇は、新古典主義のアングルとロマン主義のドラクロワが、「静と動」、全く違う画風で
対立していた。ローマ賞を受賞したアングルは、政府派遣でローマに留学し、ローマから弟子の
シャセリオーに計画中の作品に使う絵「サタン」をデッサンつきの細かい指示で命じた。
シャセリオ16才の作品「サタン」
指定された黒人モデルを使って筋肉がはっきりわかる力作。背景の青空や岩はシャセリオーが加えた。

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19歳のシャセリオーは、内務省からの注文で聖堂の祭壇画を作成した。
これは、その習作で、「十字架を抱く天使」
落ち着いた静けさと優美さがある絵。

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アングルは、ローマに8年も滞在した。
同行を誘われていたシャセリオーだが、この祭壇画の謝礼でようやくローマへの費用ができた。
しかし、パリにアングル不在の時期が長かったので、その間に、シャセリオーはアングルが嫌っていた
ドラクロワに傾倒。ローマに出向き、アングルに決別を告げた。

(2)ロマン主義へ

21才 「アクタイオンに驚くディアナ」
水浴中のディアナの姿を見た漁師アクタイオンは鹿の姿に変えられて、猟犬たちに噛み殺される。
背中を見せているのはディアナ、頭に三日月がついている。鹿の姿になったアクタイオンは遠くで
犬に襲われている。ニンフたちは驚きの表情。
題材を神話にとり、色彩豊かで、動きのあるドラクロワ風の作品。

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26才 「アポロンとダフネ」
アポロンの求愛を逃れるため、ダフネが月桂樹に姿を変える場面が描かれている。
流れるような曲線のダフネの体はすでに樹木化が始まって足元は木である。
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31才 「泉のほとりで眠るニンフ」

シャセリオーの代表作のひとつ「海から上がるヴィーナス」、「エステルの化粧」でももそうだが、
シャセリオーの裸婦は両腕を高く揚げているものが多い。このポーズは胸が綺麗に見えるし、
体の曲線がよくわかる。
ここでの裸婦は、クールベのような写実的な表現で描かれている。モデルは当時パリで一番美しい
裸体と言われた女優アリス・オジー。アリスとシャセリオーは恋中になり、アリスがどうしても、
『アングルから手放すなと言われたエルグレゴの模写』をほしいとねだるので、シャセリオーは
それを渡してしまう。しかし数か月後、友達も同席しての昼食会で、アリスが「手放すな」の一件を
茶化したので、激怒したシャセリオーは、絵の画面をナイフで切りつけ、二度と彼女とは会わなかった。
後年、年老いたアリスは、この絵を見てすすり泣いたそうだ。
かなり大きい絵なので、インパクトがある。

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3、肖像画

かつての師アングル同様、シャセリオーは肖像画も得意だった。
アングルが注文の肖像画を多く制作したのに対し、シャセリオーは親しい友人たちを描いた。
シャセリオーの交際範囲は、上流階級の人の出入りするサロンが主だったので、当時の
有名人たちやパリの様子を肖像画と数通の手紙から知ることができる。

29才 「カバリュス嬢の肖像」

カバリュス嬢は、有名医師の娘で、母はスエズ運河を作った技師レセップスの姉である。
ユゴー、デュマ、ミュsッセ、バルザックらの文豪が出入りする家庭だった。
当時の流行の服で髪にはスイセン、手にはスミレの花束を持っている。
カバリュス邸を訪れたアングルは、この絵を見るなり、「色彩が眩しすぎる」とコートの袖口で
目を隠したという逸話もある。
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この展覧会では、肖像画は油彩、デッサンなど数多く展示されていた。


4、オリエンタリズム

北アフリカから小アジにかけての部分が「オリエント」と言われる地域である。
画家にとっては、オリエントは、エキゾチズムでインスピレーションが得られる場所であった。
シャセリオ―も27才の時、アルジェリアに旅をした。

32才 「コンスタンティーヌのユダヤ人街の情景」
ゆりかごが天井から吊り下げられている。それを揺らして赤ん坊を寝せる2人の女性。
平和な光景。女性のヴェールの軽やかさ、足元の光の描写に目が行く。

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34才 「左を向く白馬」(習作)
アルジェリアから帰国後、アラブ馬に魅せられたシャセリオーは馬の習作をたくさん描いた。
実際、シャセリオーの絵には馬が登場することが多い。
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5、建築装飾と宗教主題

シャセリオーは数々の教会や公共の建築物の壁画も手掛けた。
オルセー河岸にあった会計検査院の壁画は特に素晴らしかったが、パリコミューンで破壊されてしまった。


37才 「東方三博士の礼拝」
亡くなる年の作品。キリスト誕生のお告げを受けて馬小屋の聖母子のもとに訪れた東方の三博士。
マリアの顔は恋人マリー・カンタキュゼーヌ公女に似ているといわれている。そして本作は彼女が
所有していた。

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シャセリオーが亡くなった後、親しく行き来していたギュスターブ・モローは彼を偲んで
この絵を描いた。「若者と死」1881年  
中央に立つ若者は、シャセリオーの面影を宿す。元気いっぱいで、月桂樹の冠を被ろうと
しているが、右手には死を意味する黄水仙が握られている。背後に「絶命」を意味する剣を
持つ女性が忍び寄る。モローらしい象徴性の強い作品。
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ピュヴィス・ド・シャヴァンヌ 「海辺の乙女たち」1879年
古代ギリシアの理想郷のイメージだが、中央の女性は、シャセリオーの「海から上がるヴィーナス」
の影響がみられる。シャヴァンヌは、シャセリオーの最後の恋人マリー・カンタキュゼーヌ公女を妻にした。
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新古典主義のアングルに学び、ドラクロワのロマン派に転向し、オリエンタリズムに
没頭し、のちのシャヴァンヌやモローの象徴派に影響を与えたシャセリオーの画業が
よく分かる展覧会です。アングルのデッサン、ドラクロワの絵、シャヴァンヌやモローの
絵も展示されています。

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バーンズ・コレクション [外国の美術館、博物館]

今回、フィラデルフィアで一番見たかったのは、バーンズ・コレクション。

バーンズ・コレクションは、バーンズ氏の遺言で貸出禁止のコレクションなのだが、改装と
財源不足のために一度だけ、1994年GWの時に日本の西洋美術館で展覧会があった。
覚えている方もいらっしゃると思うが、連日、その混雑ぶりが報道された。
混雑に恐れをなし、「いつかフィラデルフィアで」と思っていた。

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バーンズ氏邸はフィラデルフィア郊外にあり、行きにくかったのだが、今は、市内の便利な場所に
移転し、建物も新しくなったが、各部屋の展示は、邸宅時代のままである(追記)

予約が必要と日本のネットに書いてあると、Y子に言うと、「平日はそんなことないわよ」
と断言され、実際、行ってみたら、すんなり入れ、らくに見てまわれた。


第1室
(バ―ンズの中は撮影禁止なので、展示室の様子の写真は、バーンズのサイトから借用)
http://www.barnesfoundation.org/

いきなりスーラの大きな絵「ポーズする女たち」、この絵、ここのだったのね。
前年に描いた「グランド・ジャッド島の日曜日」を背景に置き、点描画が室内でも有効と証明したかった絵。

下は、セザンヌの「カード遊びをする人たち」
そして、両横もセザンヌ。左は静物、右は「オランピア」にでてくるような漫画チックな裸婦像。
えー、こんなに全部、セザンヌ。それもいいものばかりと驚く。


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第1室の南壁面は、マティスの「ダンス」。これもかなり大きい作品。
下左の絵もマティス「座るリッフル人の男」 右はピカソ「農婦たち」シャガールっぽい絵。


北壁面:右側の一番下の段はセザンヌ。「セザンヌ夫人」や「赤いチョッキの少年」が見える。
他は全部ルノワール!それもあまり見かけない縦長の絵や横長の絵を左右対称に飾ってある。
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ルノアールとセザンヌばかり。

それも展示方法は、バーンズ氏の好みで並べられ、亡くなった今も同じ。
絵の形で並べたのだろうか?明らかに一般の美術館と違う個人美術館。


ルノワール180点、セザンヌ69点、マティス59点。
ピカソ46点、パスキン39点、アンリルソー、モディリアーニ、ドガ、キリコが各10点以上。

部屋数は24. ものすごいコレクション。特にルノワール好きは見逃せないと思う。

以上が第1室。グッズ販売コーナーに各部屋の目録を売っていた。一部屋分が11ドル。
つまりすべての部屋分を買うと、3万円近い。

第1室がすばらしかったので、この部屋のを買いたかったが売り切れだった。

しかたなく、第2室と第9室、それに好きな絵のポストカードを購入。


第2室
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下の段の右端、「ドルフィーヌ・ルグラン嬢」または「なわとびを持つ少女」1876年
たぶんフィラデルフィア美術館展で評判だった「ルグラン嬢」の妹だと思う。

左端は、モネの「アトリエ船」1876年
上の段真ん中はマティスの「黒い船」


代表作を集めた大きいサイズのポストカード
上の段右、ゴッホ「静物」1888年

中段 左からロートレック 「モンルージュ」1886年、ゴッホ「郵便配達夫ルーラン1889年、
モネ「アトリエ船」1876年、モディリアーニ「夜会服を着た赤毛の少女」1918年

下段、左からルノワール「書き取り練習」1905年、セザンヌ「カード遊びをする人たち」1890年

アンリ・ルソー「野うさぎの食事」1908年

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好きだったのは、ルノワール「ノルマンディ海岸のベルナーヴァルでムール貝を採る人たち」
「アーティストの家族」1896年 アーティスト=ルノワール、ココとガブリエルが手前にいる。

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「セーラー服の少年」1886年           マネ「洗濯」1875年
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全部で24部屋があるのだから、いろいろな画家の絵が揃っている。

ルーベンス、ティツィアーノ、ヒエロニムス・ボス、フランツ・ハルス、エルグレコ、
ゴーギャン、ボナール、ヴュイヤール、ドガなどなど。。

入場料は25ドルと高いが、それだけの価値がある。


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