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ボストン美術館の至宝展 [展覧会(洋画)]

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ボストン美術館は、メトロポリタン美術館、シカゴ美術館と並んでアメリカ3大美術館である。
中でも、ボストン美術館は、明治時代に来日し、東京大学で教える傍ら、岡倉天心と共に
東京美術学校を設立したフェノロサが、帰国後、東洋部長となり、日本美術を紹介したので、
日本美術のコレクションは世界一である。

今回の「至宝展」の目玉は2つ。チラシのゴッホの作品2点と英一蝶の「涅槃図」。
私はメトよりも落ち着いて見れるボストン美術館が好きで、3回行ったが、それでも全部は
見きれないから、「何が来てるのかな?」と期待しながら出かけた。


1、エジプト美術
1905年から40年間、ボストンにあるハーヴァード大学と美術館が協力して、エジプト発掘調査
を行い、エジプトコレクションができた。
大理石の一種トラバーチンでできている「メンカウラー王頭部」(2490~2472BC)
王の等身大の坐像の一部。額のヘビ、つけ髭は王族のしるしで、背中はハヤブサの翼で
被われていたとみられる跡がある。
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有名なツタンカーメン王の頭部(エジプト新王国時代1336~1327BC)
ツタンカーメン王の墓から出土されたものではないが、顔立ちやネメス頭巾、頭部の二重冠形跡
から、ツタンカーメン王とわかる。これは発掘隊によるものでなく寄付金での購入品。

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他に、等身大の彫像や装飾品の美しいものが展示され、どれも、質が高くすばらしい。


2、中国美術

北宋の皇帝・徽宗の「五色鸚鵡図巻」12世紀初期
ピンクがかった白の杏子の花が咲く枝の上で小さなオウムが羽を休めている。
芸術を好み、絵画にも才能を発揮したという徽宗皇帝。左半分に絵、右半分には題詩(説明)
が書かれている。
五色鸚鵡来自嶺表、、、、(「五色鸚鵡が嶺表から貢物として来た。、、)


陳容 「九龍図巻」 南宋時代1244年 全長約10メートルの長く大きな作品。
雲や波間に潜んだり、舞っては飛び上がったり、9頭の龍が描かれている。
どの龍も動きがあり、すばらしい! 乾隆帝も旧蔵した龍図の名品
(これは部分) 3分の1

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3、日本美術
大森貝塚の発見者エドワード・モースのコレクションから
野々村仁清の「銹絵鳰形香合」、「鼠志野草文額皿」、尾形乾山・光琳「銹絵観瀑図角皿」


フェノロサのコレクションから
曽我蕭白「風仙図屏風」」1730~1781年
巨大な龍を風仙人が退治しようとしているところ。
龍がタコの足のよう。屏風なので、渦巻く風が実際に吹いているように立体的に見える。
右下の従者は風で吹き飛ばされているし、これでは見えないが右奥のかわいいウサギ2把も
懸命に風に耐えている。


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与謝蕪村「柳堤渡水・丘辺行楽図屏風》江戸時代
左隻「柳堤渡水図」
中国の文人画の画題を参考にしているが、日本的な穏やかさがある。
よく見ると、ひとりひとりの所作にユーモアがある。

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ウィリアム・ビゲロー・コレクションから
酒井抱一「花魁図」 江戸時代、18世紀
日本初公開の作品。抱一は、琳派として知られているが、20代の間は歌川豊春のもとで
浮世絵を学んだ。新年の盛装で吉原を練り歩く花魁の姿を描いている。
この絵は、河鍋暁斎が所蔵していたが、ビゲローに渡す際、右側に抱一の初期の画号と落款
があるにもかかわらず、誤って、左側に「歌川豊春」と鑑定と書きこんでいる。

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フェノロサ・コレクションから
英一蝶「涅槃図」 2.9m X 1.7m 
今回、約170年振りの本格的修理を経て里帰りしたので話題となっている作品。
かなり大きな作品だが、これだけの人数が書きこまれているのだから無理もない。
隣に展示されている説明と人物を照らし合わせながら見ると、よくわかるが、混んでいると
この絵の前に行くのが大変。


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4、フランス絵画
ボストン美術館のフランス絵画は印象派に名品が多い。
ミレー「編み物の稽古」1854年頃

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モネは4点
「くぼ地のヒナゲシ畑、ジヴェルニー郊外」1885年
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ほかに「睡蓮」1905年
「ルーアン大聖堂正面」1894年
「アンティーブ、午後の効果」1888年


ドガ 「腕を組んだバレーの踊り子」 1872年頃

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静物画としては、
ファンタン=ラトゥ―ル「卓上の花と果物」1865年

ルノワール「陶製ポットに生けられた花」1969年頃
以上2つをボストン美術館で見た時の写真)

セザンヌ「卓上の果物と水差し」1890~94年頃

シスレー「卓上のブドウとクルミ」1876年
シスレーはモネからすすめられて静物画を始めたが、作品は9点しかない。

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ゴッホ「郵便配達人ジョセフ・ルーラン」1888年
チラシの写真左
ゴッホは同名の作品を6点描いているので、見たことがある人も多いと思う。
バーンズコレクションにもあり。 ニューヨーク近代美術館にもある ボストン美術館のもの
ゴッホは人物画を描きたかったのだが、人付き合いが下手なため、モデルになって
くれる人がいなかった。そんな中、ルーラン一家だけは例外でゴッホと親しく付き合った。

チラシの写真右
ゴッホ「子守唄、ゆりかごを揺らすオーギュスティーヌ・ルーラン夫人」1889年 
ゴッホによる同名の作品が5点ある。いずれの背景にも花が描かれている。
シカゴ美術館のもの、  ボストン美術館のもの
ゴッホらしい花である。ルーラン氏の肖像のうち1889年に描かれた3点は花柄の背景である。



5、アメリカ絵画
アメリカで職業画家が活躍するようになったのは、18世紀後半で、ジョン・コプリーが肖像画家と
してボストンで活躍した。
19世紀を代表する画家は、ウィンスロー・ホーマーでボストン出身。海を取り入れた絵が多い。
版画コーナーにある作品だが、「海難」1888年
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油彩の「たそがれ時のリース村、ニューヨーク州」 1876年は、バルビゾン派の影響を受けた作品。


トマス・エイキンズ「クイナ猟への出発」 1874年
パリでジェロームの画塾に学ぶ。そこで学んだ技術をヨットやクイナ猟などのアメリカ的生活という
主題に用いた。
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アメリカ、ヨーロッパの両方で肖像画に人気があったサージェントはボストン出身なので、
美術館本館の天井画はサージェント作品である。
「フィスク・ウォレン夫人(グレッチェン・オズグッド)と娘レイチェル」1879年
サージェントは上流階級の肖像画を手掛けることが多かったので、衣服の輝きの表現がすばらしい。
光が椅子の肘掛に差し込み、肩にさらりとかけたグレーのストールと響き合い、美しい。
この絵は、ここに描かれた娘レイチェルからボストン美術館に寄贈された。

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ジョージア・オキーフ
「グレーの上のカラー・リリー」1928年
オキーフは女性で花の絵を描く。一輪の花を大きく描く。大きいので現実離れして
特別な世界になるが、色づかいは優雅。
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6、版画・写真

エドワード・ホッパー「機関車」 1923年 
油彩で知られるホッパーだが、キャリア初期には版画を制作していた。
機関車がトンネルの前で止まっている。圧倒される力強さ。車輪の質感と量感。
労働を尊んでいた古き良き時代のアメリカのイメージ。
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アンセル・アダムス「氷結湖と岸壁、セコイア国立公園カウェア・ギャップ」 1927年
アンセル・アダムスはモノクロ写真で、露出を調整し、自然の風景をみごとに撮影する。

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7、現代美術
デイヴィッド・ホックニー「ギャロビー・ヒル」1998年
田園風景。明るく輝く色調と大胆な筆づかい。
遠くに見える田園がパッチワークのように見える。

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他に、アンディ・ウォ―ホル「ジャッキー」1964年頃

村上隆《If the Double Helix Wakes Up...」2001年:「DNAの二重螺旋が覚醒したら...」


「至宝展」という言葉通り、選りすぐりの作品ばかり。どれも見る価値があります。
絵と絵の間隔が狭くないので、ゆったりと見れました。おすすめです。


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中華が好きな友達と [レストラン(中華・タイ)]

(1)赤坂離宮 羽田空港店
仙台に住んでいる友達が、東京での仕事を終え、翌朝、熊本に行くため、羽田空港ホテル
に泊まるから、空港で一緒にご飯を食べよう、と言ってきた。


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飛行機を見ながら食べられるレストランはどう?って言おうと思ったら、友達が、
「中華がいいなぁ。昔、時々一緒に行った中華、何て名前だっけ?」
「隨園別館、水餃子と合菜載帽、よく頼んだわね。もう20年も前よ」
なんて話しながら歩いていたら、中華の店「赤坂離宮」があったので、入った。
きちんとした感があるけれど、場所がら、本店よりカジュアルで値段も手ごろ。
(以前行った時の記事 → * 


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左上;雲白肉(ウンパイロー)、四川ふうの辛いタレがかかった茹で豚バラ肉が青島ビールに合う。
左下は、インゲン、豚ひき肉、木クラゲの炒めもの。右下は水餃子。
取ったのは、昔、頼んでた料理ばかり。

かなり広い店内。点心を作るコーナーがガラス越しに見えるようになっている。場所柄、
昼間は混むが夜はそれほどでもなとのことで、比較的すいていて、丁寧なサーヴィスが
感じよかった。もちろん、美味しかったし。
飛行機が見えない側だったので、デザートは飛行機の見えるスイーツの店に移動したが、
8時半だったので、一便到着の後、動きがなかったので、引き上げた。


(2)四川豆花飯荘
M子さんと日本橋で買い物を終えたら、6時になっていた。
「どこで食べる?」ときいてみると、「私は、新丸ビルの四川豆花飯荘」のよだれ鶏が食べたい
けど、あなたが泣くから」「大丈夫よ。最近、腕あげたから」
実際、クラゲと一緒だと辛さも和らぎ、美味しい。(以前行った時の記事 → 

半年ほど前に、予約なしで行ったら、1時間近く待ったので、きょうは予約しなくちゃ。
電話番号をネットで探したら、Web予約欄があったので見たけれど満席。「今から
行きたいのですが」と電話をいれてみると、「予約はできませんが、いらして頂けば、
ご案内できると思います。確約はできませんが」
行ったみたら、空席がいくつもあったので、「タクシーで10分後に行くと言ってるんだから、
お席お取りしておきます、って言えばいいのに」、ってM子さん、ちょっとお冠。[どんっ(衝撃)]

スパークリングのハーフボトルで始める。値段が安いハーフボトルなのに、ちゃんと
ワインクーラーをテーブルの上に置いてくれたので、とたんにM子さんの機嫌がなおる。[晴れ]
次、紹興酒のロック。レモン割。写真中央の紹興酒のボトルがお洒落。
写真左が、「よだれ鶏」、右はクラゲ。
下の左は大エビと野菜の炒め、右はインゲンとひき肉の炒め四川風

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このあと、焼きそばで、おなかがいっぱいになり、恒例のフォーチュンクッキーと沢山のお花の
浮かんでるお茶芸の中国茶で、「やっぱり、ここは美味しいわ」 だった。


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ブランディワインリヴァー美術館 [外国の美術館、博物館]

今春、フィラデルフィアに行った時の話です。
「ブランディワインリヴァー・ミュージアムへ行く?」って訊かれ、「ワイナリーはカリフォルニア
で行ったけど、こっちにもあるの?」「ワイナリーじゃなくて、ワイエスの美術館なのよ」
ワイエス美術館は、フィラデルフィア郊外。ブランディワインという名の川があるらしい。
ロングウッドガーデンに行く時、ちょっと回り道をすれば行けるから、行ってみる?」
「もちろん、行くわ!」


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この左手に正面入口がある。右手には、ブランディワイン川が流れる。
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これ、まさに、ワイエスの絵の世界の景色!
枯れ木と草の静かなたたづまい。
川縁に牛のブロンズ彫刻が寝そべっていた。美術館の建物の2階ロビーから撮った写真。
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2階のロビー
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アンドリュー・ワイエスは、ここ、ペンシルヴァニア州チャッズフォード ChaddsFordの生まれ。
父親は人気の挿絵画家で、かなり収入があったので、ここに広い土地を購入し、アトリエを作った。
ワイエスは、ここと避暑地のメイン州以外には、行ったことがなく、旅もせず、91才で生涯を
終えるまで、ここで過ごした。
従って、ワイエスの絵に登場する場所は、こことメイン州だけである。
ワイエスは、身の回りのものを注意深く観察し、デッサンを何枚も描いてから絵を完成
させた。ワイエスの人物画は肖像画でなく、一生懸命生きる人の生活を描こうとした。
ありのままを描いているので、ぱっと見、地味だが、よく見ると、力強さ、深みがある。

この美術館は、ワイエスの父、息子、親子三代の作品及び同時代のアメリカ作家の絵を
展示している。絵は、撮影禁止だったので、以下は、絵葉書から。
ちょっと驚いたのは、この豚の絵。かなりリアル。干し草の一本、一本が丁寧に描かれている。

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「スノーヒル」 Snow Hill
雪の白、みごとな明るさ。楽しくダンスをする人たち。自分の住む地域から出なかったワイエスなので、
ここに登場する人たちは、皆、ワイエスの知り合いである。

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親子三代美術館なので、アンドリュー・ワイエスの作品数はさほど多くない。
父親の挿絵は、挿絵と言う範疇にないほど、丁寧に描かれ、いきいきとしている。
息子も画家で似たような作風。周辺の風景や室内を描いた絵が多かった。
単に浴槽だけという絵は、他の人が描かない題材。

ワイエスというと、思い浮かべる絵は、「クリスティーナの世界」だが、これは、NYのMOMA蔵。
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東急文化村のミュージアムで開催された「アンドリュー・ワイエス展」の図録に使われてのは、
「春か彼方に Fareaway 」 少年の帽子があらいぐまの毛皮。
内向的に見える少年なので、遥か彼方を見つめているのだろうか。

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代表的な作品は、各地の美術館にあり、ここにはないとわかった。


案内してくれたY子が、以前ここに日本人の画家を連れて来た時、とても熱心に見てるので、
ワイエスの親戚って名乗る人が、「画家か?」とたずね、Yesと答えると、「それなら、僕のうちを
見せてあげよう。ワイエスが描いたものもあるから」と少し離れた所にある家の中に入れて
くれたのだそう。

ワイエスが描く世界そのものという場所に行けて、ワイエスの絵にいっそうの親しみを感じた。



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横須賀美術館 [日本の美術館]

横須賀は江戸時代に浦賀に黒船が来港して以来、国防の要所として発展した。
昭和になってからは、大日本帝国海軍の拠点となり、今は米軍基地と海上自衛隊がある。

横須賀美術館は、規模は小さいけれど、海に面した風光明媚な場所に建っている。
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向こうに見えるのは横浜ではなくて千葉県。火力発電所や工場群が見える。

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横須賀美術館の建物は大部分が地下に埋め込まれ、地上部の高さを抑えているので、
周囲の森や海と調和している。また自然光を取り込むために、丸い穴が所々に配置されて
いて、海が見えるレストランが美味しいと評判。
(写真は美術館のパンフから借用しました)

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私が行った8月末は、「美術で巡る日本の海」という企画展をやっていた。
各地の美術館から海の絵を借りて来ての展示で、季節にふさわしい展覧会。
かわいくて好きだったのは、柳原良平の「貨物船のはなし」という絵本の原画。
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春江という名前でも男性「古賀春江」の「海水浴」は、昔の海水浴の様子。
(和歌山県立美術館蔵)
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週刊新潮の表紙絵を描いていた「谷内六郎」の記念館もあり、昭和の生活の一コマ、一コマの絵が
展示されていた。「昔、こういうの、あったわよねー」なんて言いながら楽しく見た。

編物で作った海の中の生物を展示してある部屋もあった。「撮影可」と書いてあったのでカシャッ。
タコがかわいーい。
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ここに来る前に、秋谷海岸の「マーロウ」でランチをした。  (前に行った時の記事→ 
マーロウも海のよく見える席があるので、予約の時に、「海の見える席を」と頼む。
入口に、「本日、とれたてアワビあります」と書いてあったので、きいてみると、
まだ動いているのを持って来てみせてくれる。
「時価ですが、これくらいだと、7000円から8000円です」
お刺身で食べたら、すこぶる美味しいと思うのだけど、アワビは「バターソテー」に
決まっているんだそう。
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サラダ、パスタ、プリン、コーヒーのランチセットにした。
パスタは選べるので、ボンゴレとボロネーゼ(ミートソース)にして、シェアした。
サラダには最近はやりの生で食べられる黄色いかぼちゃ「コリンキー」が入っていた。
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これがパスタ。かなり美味しい。
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デザートのプリンの写真を撮り忘れたので、お皿だけ。

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ジャコメッティ展 [展覧会(陶芸・デザイン等)]

展覧会の会期が終わりに近づくにつれ、行った人がふえ、「ジャコメッティ展、よかった」
という声があちこちから聞こえる。行かなくちゃ、で、友達と出かけた。

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ジャコメッティの作品を知ったのはいつだったのだろう?
高校生の時、「ほら、あの細長ーいジャコメッティの彫刻みたいな人」と、今は亡きE子が
言い、笑ったりしたのを思い出す。そして実物を初めて見たのは、箱根の彫刻の森で、だった。
一昨年、倉敷の大原美術館でも小さめの細い女性像を見たが、今回のようにまとめて
たくさん見れる機会はなかなかない。


2015年にジャコメッティの「指さす男」(個人蔵)が、クリスティーズで170億円という彫刻で
過去最高の値段がついて話題になった。「指さす男」は、ニューヨークのMOMA(近代美術館)にもある。

今回は展示のしかたが良く、楽しんで見れる。
回顧展なので、ほぼ年代順の並び。18才、彫刻に取り組む前の作品「ディエゴの肖像」という絵
から始まるが上手い。このまま画家でもいけるのでは、と思えた。
アルベルト・ジャコメッティ(1901~1966)はスイスの山合いの村の生まれ。父はジョバンニは
名の知れた画家だった。1才下の弟ディエゴも彫刻家で家具製作者。
18才で彫刻を志したジャコメッティは、パリに出て、ブールデルに学ぶが、師のように写実的な
彫刻でなく、キュビズム的な作品に取り組んだ。ピカソ、ミロ、バルテュスらと交友があり、
アフリカの原始彫刻にも興味を持った。
女=スプーン(1927年) ブロンズ

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その後、シュルレアリズムから離れ、写実的な5センチほどの小さい彫刻に専心していく。
余分なものをそぎ落とした結果の形である。肉づけのない細い人物というジャコメッティの
原型がここにある。
追記)
ジャコメッティは画家の父から「見たように、あるがままに描け」と教わった。ところが、
ジャコメッティがそこに置いた梨を描くと、どんどん小さくなってしまう。これは悩みだった。
「見たものを記憶によって作ろうとすると、怖ろしいことに、彫刻は次第に小さくなった。それらは
小さくなければ現実に似ないのだった」と、ジャコメッティ自身が後に語っている。

1946年に15才年下のアムネットと結婚。その後、彫刻は、どんどん大きくなったが、横幅は
そのままで背が高くなっていった。

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「これ、面白い!からす天狗」と目を留めたのは、下の写真。これは大きくない。
「鼻」1947年 ブロンズ


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ひとつの台座に複数の人物を配した群像もテーマのひとつになった。
「林間の空地、広場、9人の人物」1950年 ブロンズ
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こういった林立像の中で、私が好きだったのは、「3人の男のグループ(3人の歩く男たち)」
パリの街角で歩く人たちをスケッチ。すれ違いながら、それぞれ、各自の目的地に向かって
歩く人たちのようすをスケッチすることで、作られた3人の像。
3人は一緒の台座にいるけれど、お互い見知らぬ人、それぞれの方向に歩む。疎外感を
象徴するような現代を暗示する作品に見えた。(写真なし)

ジャコメッティは制作に時間がかかったので、モデルは忍耐力が要され大変だった。
哲学者、矢内原伊作は丁度パリに留学中だったので、幾度もジャコメッティのモデルを務めた。
東洋的な顔立ちの矢内原にジャコメッティは興味を持ったのだが、矢内原が誰よりも自分の
制作に理解、協力をしてくれたのがうれしかったようだ。矢内原コーナーもあり、私には、
矢内原が特別に東洋人っぽい顔立ちには見えなかったが、外国人の目には違うのだろう。
矢内原がジャコメッティからもらったジャコメッティが10歳の時に模写した北斎作品も展示
されていた。(神奈川県立美術館蔵)

弟ディエゴが一番長くのモデルをつとめた。ディエゴは動物の彫刻を制作し、東京の松岡美術館
ロビーに「猫の給仕頭」というとてもキュートな作品がある。ジャコメッティも犬、猫の作品を制作
したが、写実的なものではなく、痩せたジャコメッティスタイルである。
「犬」1951年 ブロンズ 
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「ディエゴの胸像」1954年 ブロンズ 

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ジャコメッティは画家の父からて手ほどきを受けているので、デッサンが非常に上手い。
リトグラフも何枚か展示されていた。下の室内の絵には、左側に作品「歩く男」が見える。

「犬、猫、絵画」1954 リトグラフ 
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1962年に、ジャコメッティはヴェネツィア・ヴィエンナーレの彫刻部門でグランプリを受賞。
世界中に名が知れわたった。

今回の展示の最後の大きな部屋には、彫刻が3つ。
撮影可能になっている。小さな彫刻が展示してある手前の部屋から、窓越しに大きな彫刻が
見えるようになっている展示のしかたがいいな!と思った。


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左側が、今回のチラシやポスターに使われた「歩く男」 である。
洗練されていて、とても良い展覧会だった。

 追記: 熱海・MOA美術館の「アフリカの美」という企画展で、ジャコメッティの「女性立像」を見たことがありました。→ ここをクリック

       アフリカの細長い人物像彫刻と並べての展示。これを見ると細長くなったのは、アフリカ彫刻を見た印象が
       頭の片隅にあったから、なのでは?と思われます。


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