So-net無料ブログ作成
展覧会(洋画) ブログトップ
前の6件 | -

思い出の「ビュールレ・コレクション展」 [展覧会(洋画)]

もう終わってしまった展覧会ですが、良い絵がたくさんあったので、思い出として
記事にしておきます。


行ったのは会期末が近い5月の連休。混んでいるかと思ったら、すいていて拍子抜け。
「絵画史上最強の美少女」というキャッチコピーのルノワールの「可愛いイレーヌ」
の前には、人だかりがしていたが、その他の絵は、らくに見れた。
イレーヌ嬢はかわいいし、髪の毛の一本一本までが丁寧に描かれているが、ルノワールの
肖像画では、「マドモワゼル・ルグラン」(フィラデルフィア美術館&バーンズコレクション)、
「ジャンヌ・デュラン・リュエル」(バーンズコレクション)の方がかわいいと思う。
BuhrleCollection.jpg


1、入ってすぐは、肖像画だった。
やはり、アングルは肖像画の名手と再確認。

古典的な画風の上品な静けさから人物が語りかけてくる。
レースやビロードなどをふんだんにあしらった衣装がすばらしい。
「イポリット=フランソワ・ドゥヴィレの肖像」1811年

Ingret1のコピー.jpg


「アングル夫人の肖像」1814年
手や衣服がアングルにしては、やや粗い筆遣いなので、未完とも言われている。


Ingret2のコピー.jpg


●ルノワール「シスレーの肖像」1864年
若い頃、裕福だった時代のシスレー。貧しかったルノワールを助けるために肖像画を
依頼したのだろうか。


Renoir_Sislerのコピー.jpg


●ファンタン=ラトゥールの「パレットを持つ自画像」1861年
ラトゥールの落ち着いた肖像画が好きなだけに、びっくり、がっかり。
自分の欠点をこんなに露わにして書かなくても、、と思ってしまう。


クールベの「彫刻家ルブッフの肖像」1863年
クールベらしい骨太の表情。

●ドガ「ピアノの前に立つカミュ夫人」1869年
夜の部屋、譜面が広げられたピアノの前に立つ夫人。大きな絵。



2、つぎの部屋は「ヨーロッパの都市」というタイトル。
●カナレットの「サンタ・マリア・デッラ・サルーテ聖堂、ヴェネツィア」1738~42年
ヴェネツィアに行ったことのある人なら、「あ~、この景色!」って思うだろう。
もうすぐ300年が経つというのに、変わらぬ景色。サンマルコ大聖堂よりも、はるか向こうに
サンマルコが見えるこちらからの景色の方が好きだ。建物、ゴンドラ、人々が実に細かく
描かれている。波立つ青々とした海、淡いブルーの広い空に清々しさを感じる。


Canaretのコピー.jpg

●シニャックが描いた「サンタ・マリア・デッラ・サルーテ聖堂」1905年 がすぐ傍に
展示されていたが、さざ波が大きめの点描で描かれ、光あふれるようすが、人工的に見え、
私はカナレットの方が好きだった。


モネの「ウォータールー橋」もあったが、

●マティスの「雪のサン=ミシェル橋、パリ」1897年

マティス初期(28歳)の写実的作品

Matisseのコピー.jpg


3、19世紀フランス絵画
●コロー「読書する少女」1845年

静かな雰囲気の中、少女の赤い服がぱっと人目をひく。
●ドラクロワ「モロッコのスルタン」1862年
ドラクロワは、フランス使節団のモロッコ訪問を絵で記録するために随行した。
それゆえ、モロッコを題材にした絵がいくつもある。


●シャバンヌ 「コンコルディア習作」1859年
コンコルディアは古代ローマの相互理解、調和の女神。ギリシア神話のハーモニーに対応する。
額縁が豊穣を意味するのか、果物の彫刻で飾られたかなり仰々しいものだった。
かなり初期の作品。習作のため細部がはっきりしないが、水辺あり、丘あり、森あり、狩の獲物
ありと、理想郷に近い場所に大勢の人物が描きこまれていた。

●マネ「オリエンタル風の衣装をまとった若い女」1871年
白い透ける衣装を身にまとったうつろな表情の女性。娼婦なのだろう。
好きな絵ではないが気になった。

●マネ「燕」1873年
草の上の昼食を思い出すような草原に女性が2人。燕はどこ?と探したら、かなりの低空飛行。


4、印象派の風景

●ピサロ「ルーヴェシエンヌの雪道」1870年頃
雪の降ったあとの光景。向こうの方にピンク色の陽がさし明るくなっていて、道にも
反射している。まっすぐに伸びた木々によって、視線が遠くへ、奥へと導かれる。
pisaro TheRoad under Sonw.jpg


●シスレー「ハンプトンコートのレガッタ」1874年
「このシスレー、いつもと違う!」って思ったのも当然。イギリスに4か月滞在した時、
描いたの作品。レガッタのボートが浮かぶ水面はたっぷりの水。そこに光が降り注ぎ、
キラキラしている。イギリスでの風景。

●マネ「ベルビュの庭の隅」1880年
洋館の前の赤い花咲く庭にすわる女性。印象派のような絵。モネ?と思ってしまった。
●モネ「ジヴェルニーのモネの庭」1895年
色とりどりのバラの花が咲き乱れる庭を愛でる義理の娘シュザンヌ・オシュデ。


5、印象派の人物画
●ドガ「リュドヴィック・ルピック伯爵とその娘たち」1871年頃
この絵は、セザンヌの「赤いチョッキの少年」と共に盗難にあったが、無事、返ってきた。
大胆で素早い筆さばき。2人の伯爵令嬢の顔は見たまんまで描かれている。

●ルノワール「泉」1906年

アングルの「泉」を意識しての作品だろう。少女の顔が美しい。


6、セザンヌ
セザンヌ作品が6点。絵の変遷を見てとれる。
「聖アントニウスの誘惑」 1870年 暗い画面の宗教画
「風景」お馴染みサント・ヴィクトワール山、セザンヌ夫人、パレットを持つ自画像。
「庭師ヴァリエ」1904年 キュビズムが入っていて面白い。


7、ゴッホ
ゴッホも6点。
「日没を背に種まく人」1888年
BuhrleGogh.jpg
ミレーの同名の作品の模写から発展させたもの。浮世絵の影響が大きい作品。
以前、国立新美の「新印象派展」でクレーラー・ミューラー美術館の少し構図が
違う同名のものを見ている。


●ゴッホ「花咲くマロニエの枝」1890年
背景は、青いクルクルだが、画面からあふれるほどに咲きほこるマロニエの花。
生命力にあふれる花とうねうねっとした葉っぱ。


8、20世紀のフランス絵画
●ゴーギャン「ひじ掛け椅子の上のひまわり」 1901年
ゴッホと決別したゴーギャンだが、後に、亡くなったゴッホを思い出して描いたのだろう。
「悪かった」という気持ちが託されているのでは。

●ボナールが2点、ヴュイヤールも2点の展示


9、モダン・アート
フォーブの作家、ヴラマンク、アンドレ・ドラン、ブラック3点、ピカソ2点。
●ブラック「ヴァイオリニスト」 1912年 どこにも人間らしいものは見えない。ヴァイオリンの4本の弦と
穴 f は下の方にあるとわかったけれど、あとは、、、卵型の構図と色合いがいいなと思った。
●アンドレ・ドラン「室内の情景(テーブル)」 1904年頃
実に大胆。テーブルと椅子のある部屋を斜め上から見て描いている。
強い色。黒が強調されている。

AndreDolanのコピー.jpg


●ピカソ「イタリアの女」 1917年
シンプルでかわいくていいなと思った。バッグを持ってお出かけかしら。

Picassoのコピー.jpg


最後はモネの「睡蓮の池」1920~1926年の大作だった。



一点、一点、良い絵が揃っていました。
ビュールレのコレクターとしての目の高さが伺えます。
学生時代から美術史と美術品が好きだったビュールレは、武器商人として財を成し、
コレクターとなります。しかし、ビュールレの集めた作品は、ナチスに没収され、
戦後、裁判になったりもしました。
ビュールレは、個人の邸宅を美術館にしていたのですが、大切な作品4点が盗難に
あったことから、セキュリティをきちんとするには個人では限界があると考え、
作品をチューリッヒ美術館に移管することにしました。2020年にビュールレコレクション用
の新館が完成するそうです。


cocoさんがいらした時の記事には、もっとたくさんの絵の写真があります。ご覧になってください。


nice!(33)  コメント(8) 
共通テーマ:アート

ホキ美術館 [展覧会(洋画)]

千葉市のはずれ、昭和の森の隣にある「ホキ美術館」は、日本で初めての写実絵画専門の美術館。
医療用品の会社ホギメディカル社長の保木氏の美術館で、2010年に開館した。

現代的なコンクリートの建物で、森に面した側に嵌められたガラスには、昭和の森の大きな木々
が映るようになっている。(写真はチラシより)


hoki_tatemono.jpg

*以下、写真は全部、チラシからです。

現代の写実絵画の第一人者、森本草介。ホキ氏のコレクションのきっかけは森本の絵
だったので、作品がたくさん展示されている。
「アリエー川の流れ」2013年は、横が2m近くある大きな絵


morimoto.jpg


森本草介の裸婦は実に美しい。セピア色の画面が昇華されたような美しさを醸し出す。
「横になるポーズ」1998年

morimoto2.jpg


写実絵画は、細密画で、1枚の作品を描くのにとても時間がかかる。
実際に作品を見ると、写真からではわからない立体感や工夫がはっきり
わかり興味深い。


森本草介は数年前に亡くなったので、現在のリーダー格は野田弘志だろうか。
写真とは違う奥行きのある深い景色。
「摩周湖、夏天」 1999年

noda.jpg


藤原秀一「宝筺院秋図」2011年
こちらも写真では表現できない光の当たり方が、景色に神秘性を添えている。


fujiwara.jpg


五味文彦「樹影が刻まれる時」2015年
強烈な光が一枚、一枚の葉を浮かび上がらせる。克明に描かれた葉。
この写真からは、伝わらないのが残念。


gomi.jpg


人物画もある。
小尾修「流」2016年
「鼻筋の横に光っているのは涙?」と友達がきいてきた。
涙にしては不自然、陰影効果があるようにつけられたもの。
この作家は、ほかの絵でもきらりと光る小さい真珠の粒の連続を目立たせたい
ところに入れていた。


obi.jpg


面白い!カブトムシの標本。昆虫図鑑より精密に描かれているのでは?
島村信之「夢の箱」2017年

kabutomushi.jpg


羽田裕「初秋の桜島」2017年
山裾の緑の木々の部分を強調するために金色の針金がはめられていた。

hada.jpg


塩谷亮「月光」2017年
塩谷さんの人物画は美しく気品があるので、私は好きだが、これは、竹を描いた作品。
屏風を意識しているのだろう。月光というタイトルから、かぐや姫が浮かぶ。

sioya.jpg


チケットは、原雅幸の「ナローカナルのボート乗り場」2017年だった。



窓からメインの建物が見える部分には、板谷波山、富本憲吉の陶器も数点あった。
レストラン、カフェも併設されている。丁度お昼どきで、レストランが居心地良さそう
だったが、残念なことに「本日は予約で満席」と書かれていた。


写実画は、わかりやすいから、誰が見ても楽しめる。しかも、よく見ると実際の風景以上、
人物以上に描かれているので、「え~、こんなに、、」と引き込まれる。
東京から少し遠いけれど、おすすめの美術館です。


コザックさんがいらした時の記事です建物の外観写真が3枚ありますし、
美術館全体についても的確な説明です。 


SORIさんがいらした時の記事です。大変、詳しく、書かれているので、
いらっしゃるかたの参考になると思います。




nice!(46)  コメント(15) 
共通テーマ:アート

ゴッホ展 巡りゆく日本の夢 [展覧会(洋画)]

GoghTirasi1.jpg

過去にゴッホ展は何回もあったが、今回のは、ゴッホと日本。ゴッホがどんなに日本に憧れ、関心を
寄せていたかに的を絞ったもの。だから、チラシの絵が浮世絵の花魁(おいらん)の模写。
裏表紙は、「画家としての自画像」1887~1888年。
GoghTirasi2.jpg


1886年、ゴッホは暗いオランダから光を求めて弟テオが住むパリにやってきた。
当時のパリはジャポニスムに沸いていた。
ゴッホがパリで刺激を受けたものは、「印象派」と「浮世絵」である。
印象派の技法を学んだことで、暗い色彩が消え、明るい色調へと変化した。
画商ビングの屋根裏部屋で見た多数の浮世絵に感動し、模写をすることで、構図や色づかいを
習得しようとした。チラシに使われている「花魁(渓斉英泉による)」(ファン・ゴッホ美術館蔵)は
浮世絵の模写で、後期(11/28から)展示には、渓斉英泉の原画も展示されている。

1887年、ゴッホは、アゴスティーナの店で、「浮世絵展」を開催した。
「カフェ・ル・タンブランのアゴスティーナ・セガトーリ」(ゴッホ美術館蔵)
右側の壁に、女性の姿が描かれた浮世絵がかかっている。

GoghMmeAgostina.jpg


今回は、「参考図版」のみの出展の「タンギー爺さんの肖像」(ロダン美術館蔵)の背後には、びっしりと
浮世絵が描かれている。その浮世絵は、研究の結果、三枚とわかり、そのうちの2枚が展示されていた。
歌川広重「五十三次図会四十五石薬師 義経さくら範頼の祠」
歌川邦貞「三世岩井粂三郎の三浦屋の高尾」である。
これは、とても興味深かった。花魁の髪にささる大きなかんざしは、ゴッホの目に奇異に写ったと思うが。。


1888年、ゴッホは、日本に憧れて、日本に似ていると、南仏アルルに移った。
アルルに到着した日は雪、一面の銀世界だった。ゴッホは「雪の中での景色は、日本人の画家たちが
描いた冬景色のようだった」と弟テオへの手紙に書いている。

「雪景色」(個人蔵)
遠景にアルルの町並み、前景に茂みや板囲いを描き、中景の雪面を白い絵の具で浮き立たせている。
GoghNeige.jpg


これに対応していると思われる浮世絵、歌川広重「五十三次名所図会 沼津 足柄山不二雪晴」
なども展示されていた。


春には、「黄色とスミレ色の花が一面に咲いた野原の小さな町、まるで日本の夢のようだ」
とテオに書いている。スミレ色の花=紫色のアイリスが近景に広がる。
「アイリスの咲くアルル風景」(ファン・ゴッホ美術館)
地平線が半分より上、高い位置にあるのが、浮世絵の影響。
GoghIris.jpg



「種まく人」(ファン・ゴッホ美術館)
ミレーの「種まく人」にならっているが、種まく人物以外は、ゴッホのオリジナル。
近景の木の幹を大きく描く方法は、広重の「江戸名所 亀戸梅屋敷」にならったと思われる。


GoghMillet.jpg


浮世絵の極端な遠近表現は、江戸時代に移入された西洋絵画の遠近法がもとになっている。
それが浮世絵を通して、ヨーロッパに広まったというのは、面白い。

「サント・マリーの海」(プーシキン美術館蔵)
ゴッホの海の絵は、珍しいと思う。

鳥瞰図的手法は、浮世絵由来のもの。波のうねりの表現が立体的で大胆。

GoghLaMerStMary.jpg



ゴッホは、「アルルの跳ね橋」を気に入り、エミール・ベルナール宛の手紙の中にスケッチを
添えている。それには色彩も記述されているが、現存するのは、その絵の一部分が、

「水平と恋人」というタイトルで展示されていた。


「タラスコンの乗合馬車」(プリンストン大学美術館蔵)
ゴッホっぽくない絵だけど、どこか惹かれた。
浮世絵からの影響は、顕著な輪郭線と白が効果的な平坦な色面に表されている。

GoghTrascon.jpg


「夾竹桃と本のある静物」(メトロポリタン美術館蔵)
夾竹桃は、日本のイメージの花。

この絵が描かれた1888年8月には、「ひまわり」の初期の何枚かが描かれている。

GoghKyoutikutou.jpg


「寝室」(ファン・ゴッホ美術館蔵)は、前のゴッホ展にも来た絵なので再見。

ゴッホはますます日本に心頭していく。
ピエール・ロティ作の小説「お菊さん」を気に入り、それに影響を受けたと思われる作品
「ムスメの肖像」(プーシキン美術館蔵)では、ムスメ(少女)が手に夾竹桃の花を持っている


以上の作品に年代を記さなかったのは、どれもが1888年だからである。
1888年の12月、ゴッホは耳切り事件を起こし、コーギャンとの共同生活も終わった。
アルルの病院に入院した後、サン・レミの精神病院に移った。



「草むらの中の幹」1890年(クレラー・ミュラー美術館蔵)
穏やかな下草に対して、樹の皮の表現が装飾的で表現主義っぽい。時代の影響だろうか。

GoghKi.jpg


「ポプラ林の中の二人」1890年(シンシナティ美術館蔵)
横長の画面は、浮世絵の影響だろう。幻想的な美しい絵。

白と黄色、明るい下草。列柱のような木々。手前から林の奥まで見通せるが、奥は黒に近い色。
ゴッホ、最後の作品。

GoghPopura.jpg


ゴッホは、武者小路実篤らの「白樺派」によって日本に紹介された。
1890年、ゴッホが亡くなった後、日本人の画家たちが、ゴッホの残された作品を見るために

ゴッホが晩年に交友を持った医師ガシェのもとを訪れた。彼らが名を記している「芳名帳」が
展示されていた。そこに「式場隆三郎」の名前を見つけ、精神科医としてゴッホの研究
をしたことを知った。佐伯祐三が描いた「オーヴェールの教会」の絵、前田寛治の「ゴッホの墓」の絵もあった。

ゴッホは日本に憧れた。何年か後に、今度は日本人がゴッホに憧れた。
ゴッホ人気は100年続いている。


※この展覧会は、関西に巡回しました。→ 関西展、cocoさんの記事



nice!(38)  コメント(9) 
共通テーマ:アート

ボストン美術館の至宝展 [展覧会(洋画)]

Boston.jpg


ボストン美術館は、メトロポリタン美術館、シカゴ美術館と並んでアメリカ3大美術館である。
中でも、ボストン美術館は、明治時代に来日し、東京大学で教える傍ら、岡倉天心と共に
東京美術学校を設立したフェノロサが、帰国後、東洋部長となり、日本美術を紹介したので、
日本美術のコレクションは世界一である。

今回の「至宝展」の目玉は2つ。チラシのゴッホの作品2点と英一蝶の「涅槃図」。
私はメトよりも落ち着いて見れるボストン美術館が好きで、3回行ったが、それでも全部は
見きれないから、「何が来てるのかな?」と期待しながら出かけた。


1、エジプト美術
1905年から40年間、ボストンにあるハーヴァード大学と美術館が協力して、エジプト発掘調査
を行い、エジプトコレクションができた。
大理石の一種トラバーチンでできている「メンカウラー王頭部」(2490~2472BC)
王の等身大の坐像の一部。額のヘビ、つけ髭は王族のしるしで、背中はハヤブサの翼で
被われていたとみられる跡がある。
Head of Menkaura.jpg
有名なツタンカーメン王の頭部(エジプト新王国時代1336~1327BC)
ツタンカーメン王の墓から出土されたものではないが、顔立ちやネメス頭巾、頭部の二重冠形跡
から、ツタンカーメン王とわかる。これは発掘隊によるものでなく寄付金での購入品。

tutan_kamen.jpg


他に、等身大の彫像や装飾品の美しいものが展示され、どれも、質が高くすばらしい。


2、中国美術

北宋の皇帝・徽宗の「五色鸚鵡図巻」12世紀初期
ピンクがかった白の杏子の花が咲く枝の上で小さなオウムが羽を休めている。
芸術を好み、絵画にも才能を発揮したという徽宗皇帝。左半分に絵、右半分には題詩(説明)
が書かれている。
五色鸚鵡来自嶺表、、、、(「五色鸚鵡が嶺表から貢物として来た。、、)


陳容 「九龍図巻」 南宋時代1244年 全長約10メートルの長く大きな作品。
雲や波間に潜んだり、舞っては飛び上がったり、9頭の龍が描かれている。
どの龍も動きがあり、すばらしい! 乾隆帝も旧蔵した龍図の名品
(これは部分) 3分の1

南宋の龍  (1).jpg



3、日本美術
大森貝塚の発見者エドワード・モースのコレクションから
野々村仁清の「銹絵鳰形香合」、「鼠志野草文額皿」、尾形乾山・光琳「銹絵観瀑図角皿」


フェノロサのコレクションから
曽我蕭白「風仙図屏風」」1730~1781年
巨大な龍を風仙人が退治しようとしているところ。
龍がタコの足のよう。屏風なので、渦巻く風が実際に吹いているように立体的に見える。
右下の従者は風で吹き飛ばされているし、これでは見えないが右奥のかわいいウサギ2把も
懸命に風に耐えている。


南宋の龍  (2).jpg


与謝蕪村「柳堤渡水・丘辺行楽図屏風》江戸時代
左隻「柳堤渡水図」
中国の文人画の画題を参考にしているが、日本的な穏やかさがある。
よく見ると、ひとりひとりの所作にユーモアがある。

蕪村.jpg


ウィリアム・ビゲロー・コレクションから
酒井抱一「花魁図」 江戸時代、18世紀
日本初公開の作品。抱一は、琳派として知られているが、20代の間は歌川豊春のもとで
浮世絵を学んだ。新年の盛装で吉原を練り歩く花魁の姿を描いている。
この絵は、河鍋暁斎が所蔵していたが、ビゲローに渡す際、右側に抱一の初期の画号と落款
があるにもかかわらず、誤って、左側に「歌川豊春」と鑑定と書きこんでいる。

抱一の花魁.jpg


フェノロサ・コレクションから
英一蝶「涅槃図」 2.9m X 1.7m 
今回、約170年振りの本格的修理を経て里帰りしたので話題となっている作品。
かなり大きな作品だが、これだけの人数が書きこまれているのだから無理もない。
隣に展示されている説明と人物を照らし合わせながら見ると、よくわかるが、混んでいると
この絵の前に行くのが大変。


nehan.jpg


4、フランス絵画
ボストン美術館のフランス絵画は印象派に名品が多い。
ミレー「編み物の稽古」1854年頃

Millet.jpg


モネは4点
「くぼ地のヒナゲシ畑、ジヴェルニー郊外」1885年
monetのコピー.jpg

ほかに「睡蓮」1905年
「ルーアン大聖堂正面」1894年
「アンティーブ、午後の効果」1888年


ドガ 「腕を組んだバレーの踊り子」 1872年頃

Dogas.jpg


静物画としては、
ファンタン=ラトゥ―ル「卓上の花と果物」1865年

ルノワール「陶製ポットに生けられた花」1969年頃
以上2つをボストン美術館で見た時の写真)

セザンヌ「卓上の果物と水差し」1890~94年頃

シスレー「卓上のブドウとクルミ」1876年
シスレーはモネからすすめられて静物画を始めたが、作品は9点しかない。

sysley.jpg


ゴッホ「郵便配達人ジョセフ・ルーラン」1888年
チラシの写真左
ゴッホは同名の作品を6点描いているので、見たことがある人も多いと思う。
バーンズコレクションにもあり。 ニューヨーク近代美術館にもある ボストン美術館のもの
ゴッホは人物画を描きたかったのだが、人付き合いが下手なため、モデルになって
くれる人がいなかった。そんな中、ルーラン一家だけは例外でゴッホと親しく付き合った。

チラシの写真右
ゴッホ「子守唄、ゆりかごを揺らすオーギュスティーヌ・ルーラン夫人」1889年 
ゴッホによる同名の作品が5点ある。いずれの背景にも花が描かれている。
シカゴ美術館のもの、  ボストン美術館のもの
ゴッホらしい花である。ルーラン氏の肖像のうち1889年に描かれた3点は花柄の背景である。



5、アメリカ絵画
アメリカで職業画家が活躍するようになったのは、18世紀後半で、ジョン・コプリーが肖像画家と
してボストンで活躍した。
19世紀を代表する画家は、ウィンスロー・ホーマーでボストン出身。海を取り入れた絵が多い。
版画コーナーにある作品だが、「海難」1888年
Whinslow.jpg

油彩の「たそがれ時のリース村、ニューヨーク州」 1876年は、バルビゾン派の影響を受けた作品。


トマス・エイキンズ「クイナ猟への出発」 1874年
パリでジェロームの画塾に学ぶ。そこで学んだ技術をヨットやクイナ猟などのアメリカ的生活という
主題に用いた。
Eikins.jpg

アメリカ、ヨーロッパの両方で肖像画に人気があったサージェントはボストン出身なので、
美術館本館の天井画はサージェント作品である。
「フィスク・ウォレン夫人(グレッチェン・オズグッド)と娘レイチェル」1879年
サージェントは上流階級の肖像画を手掛けることが多かったので、衣服の輝きの表現がすばらしい。
光が椅子の肘掛に差し込み、肩にさらりとかけたグレーのストールと響き合い、美しい。
この絵は、ここに描かれた娘レイチェルからボストン美術館に寄贈された。

IMG_0001.jpg


ジョージア・オキーフ
「グレーの上のカラー・リリー」1928年
オキーフは女性で花の絵を描く。一輪の花を大きく描く。大きいので現実離れして
特別な世界になるが、色づかいは優雅。
Okif.jpg


6、版画・写真

エドワード・ホッパー「機関車」 1923年 
油彩で知られるホッパーだが、キャリア初期には版画を制作していた。
機関車がトンネルの前で止まっている。圧倒される力強さ。車輪の質感と量感。
労働を尊んでいた古き良き時代のアメリカのイメージ。
EHopper.jpg


アンセル・アダムス「氷結湖と岸壁、セコイア国立公園カウェア・ギャップ」 1927年
アンセル・アダムスはモノクロ写真で、露出を調整し、自然の風景をみごとに撮影する。

A_Adams.jpg



7、現代美術
デイヴィッド・ホックニー「ギャロビー・ヒル」1998年
田園風景。明るく輝く色調と大胆な筆づかい。
遠くに見える田園がパッチワークのように見える。

hockny.jpg


他に、アンディ・ウォ―ホル「ジャッキー」1964年頃

村上隆《If the Double Helix Wakes Up...」2001年:「DNAの二重螺旋が覚醒したら...」


「至宝展」という言葉通り、選りすぐりの作品ばかり。どれも見る価値があります。
絵と絵の間隔が狭くないので、ゆったりと見れました。おすすめです。


nice!(43)  コメント(14) 
共通テーマ:アート

ベルギー奇想の系譜 [展覧会(洋画)]

ticket.jpg


東急Bunkamuraザ・ミュージアムへ「ベルギー奇想の系譜」を見に行った。
ヒエロニムス・ボスに端を発する「奇想」、ブリューゲル展よかった~という友達から
「何か展覧会に行きましょう」と誘われたので、それなら、これでしょう!
ブリューゲル展(バベルの塔)には、ボスも出ていたので。

第1章 15~17世紀のフランドル美術
ヒエロニムス・ボス(1450頃~1516)は、ルネサンス期のフランドルで活躍した。
聖書に題材をとり、内容は訓話なのだが、幻想的で怪奇な絵のため、見た人に強い印象を残す。
今回、チケット(上の写真)やチラシに使われているのは、ボス工房の「トゥヌグダルスの幻視」
brugel400.jpg


騎士トゥヌグダルスは、この絵の左下にいる赤い服の人。後ろに守護天使が立つ。
彼が見た地獄における「七つの大罪」がここに表されている。
たとえば、右上の赤いベッドに横たわっている人は「怠惰」。その下の丸くて白い家の中に
いる剣がささった人は「激怒」、激怒した兵士に殺された。その横、大量の酒を飲まされている
人は「大食」、中央の人は、賭け事を表す四角いサイコロの上に座ったので腹をさされた「邪淫」
こんな具合に説明を読みながら、七つの大罪を探り当てるのは、友達と一緒だから楽しい。
「寝るのが怠惰だったら、私、怠惰だから、地獄行きかも~」なんて言いながら。
閉館前の時間で、すいていたから、目の前でじっくり見れたし、ひそひそ話せた。


「聖クリストフォロス」 ヤン・マンディン 制作年不詳

聖クリストフォロス.jpg

これも不思議な絵。右手前の巨大な修道女のは下が建物になっていて娼館。
中央に杖を持ち立つ人が、川から上がるクリストフォロス。幼子キリストを肩車している。
小さな男の子が、川を渡りたいというので、御安い御用とおんぶして川を渡り始めたクリストフォロス。
ところが、川の中を一歩進むごとに子供が重くなってくる。あまりの重さに、この子はただ者ではない、
と気付き、名前をたずねると、イエス・キリストであると明かした。キリストは全人類の罪を背負って
いるから重いのである。
岸に降り立つと、目の前にあるのは娼館で、何人もの人が出入りしている。
巨大な娼館は、「聖アントニウスの誘惑」にも描かれていた。
「聖アントニウスの誘惑」は、人気の主題だったので、この展覧会でもボスのを含め
5点、展示されていた。見比べることができるので、面白い。
ちなみに「聖クリストフォロス」も3点あった。

ブリューゲルは銅版画が17枚出ていた。七つの大罪7枚と、七つの徳目のうちから4枚。
「大きな魚は小さな魚を食う」
大きな魚は小さな魚を食う - コピー.jpg
大きな魚が小さな魚を飲み込んでいる様子というより、吐き出してる感じがするのだが。
ユーモラスに描かれている。魚が空を飛ぶのは、ボスからの引用だが、遠景にアントワープと
わかる大きなクレーンがある港を描きこんでいるので、人気があった。

ブリューゲルは、第二のボスと言われていたそうだ。ボスふうの絵に日常性を加えたのが
ブリューゲル。アントワープの景色を描きこむなど、その例だろう。

「聖パウロを訪ねる聖アントニウス」 ダーフィット・テニールス(子)
聖パウロをたずねる聖アントニウス.jpg
これは奇怪ではない落ち着いた絵。
聖アントニウスは90歳になったとき、113歳で洞穴で隠遁生活を送る聖パウロを訪ねた。
その時、鳩がパンを持って舞い降りた。


ルーベンス原画の銅版画も7枚。「ライオン狩り」など、さすがルーベンス。迫力が違う。



第2章 19世紀末から20世紀初頭のベルギー象徴派・表現主義

時代は、一気に19世紀末になる。

再び「聖アントニウスの誘惑」が登場。1878年、フェリシアン・ロップスの作品。
フロベールの小説「聖アントニウスの誘惑」に題材を得たそうで、画面中央の十字架にかかる
のは豊かな肉体の裸婦。キリストを脇に押しのけて、自分が十字架に。十字架の上のINRIと
いう文字がEROSに代わっている。十字架の前で頭を抱えて卒倒しそうな聖アントニウス。

同じくロップスの「舞踏会の死神」は、死神として骸骨になった女が白いガウンを着て恍惚の
表情で踊っている。白いガウンは、カソリックの司祭がミサで着るもの。ロップスは教会の
権威に反抗し、この絵を描いた。


これもフェリシアン・ロップス 「娼婦政治家」 1896年 多色刷銅版画 
娼婦政治家.jpg

奇妙な絵ですよね。
娼婦の女性は豚を連れ、足元には、彫刻、音楽、詩、絵画と書かれた擬人像がある。
つまり、娼婦と豚はこれらの芸術を理解せずに踏みにじっている。政治家を娼婦に譬えて批判した。


「ブリュージュにて、聖ヨハネ施療院」 1904年頃 フェルナン・クノップフ
施療院の建物と運河のみの静かな風景。絵の写真は、ここ

「レテ河の水を飲むダンテ」1919年 ジャン・デルヴィル
デルヴィル.jpg
この絵はどこかで見たことがあるのだけど、どこだったのか思い出せない。
姫路市立美術館所蔵だから見る機会があったのだろう。 → ここBunkamura での展覧会でした。
ダンテの「神曲」に、ヒントを得た作品。冥界を巡り歩いているダンテ。レテ河の水を飲むと、
前世のことを忘れるときき、過去の恋を忘れるために水を飲もうとしている。


「運河」1894年 ウィリアム・ドグーヴ・ド・ヌンク
横に長い絵。水をたたえた夜の河。向こう岸に等間隔に立ち並ぶ樹木、廃屋のような建物。
人の気配がなく静かで幻想的。


骸骨で有名な画家ジェームズ・アンソールは11点の展示。
「オルガンに向かうアンソール」1933年
オルガンに向かうアンソール.jpg

オルガンの向こうの大きな窓の外に大勢の人が、お祭り?と見えたが、解説を読んだら、
若き日の大作「キリストのブリュッセル入城」1888年を描き込んでいるそうだ。アイディアが面白い。
 2012年損保ジャパン美術館てのアンソール展の記事は、→ (ここをクリック)

第3章  20世紀のシュルレアリスムから現代まで


「海は近い」 1965年 ポール・デルヴォー
デルボー海は近い.jpg

まさに幻想の世界。
デルヴォーの絵には、汽車と裸婦がよく登場する。


「大家族」 1963年 ルネ・マグリット
大家族.jpg

薄暗い海に突然現れた明るい青空と夏の雲を背負った鳥。
この鳥は、家族愛を象徴するカササギで、ブリュッセル郊外ではよく見かけられる。
これとよく似たもっと明るい色合いのものは、今はなきベルギーのサベナ航空の
シンボルマークとして使われていた。

マグリット作品は10点だが、マグリット!と思わせる良いものがない、と思ったら、
日本の美術館蔵のものばかりだった。

ここからあと、現代美術が面白かった。

マルセル・プロータースの作品 「マウスが『ラット』と書く」mouse écrit le rat 1974年 活版印刷
「マウス」が自分の手の影を壁に写して「ラット」*を書くつもりが「猫」になってしまった。
   *ラットratは英語でもフランス語でも大きなネズミ

「ティンパニー」2006~2010年 は、レオ・コーペルスの作品。ミクストメディア
筆を咥え吊るされた骸骨が、筆でドラムをリズミカルに打つ。笑えるけど、骸骨!
ベルギー芸術には死の陰や骸骨が多く表れる。地理的に各国にはさまれ、戦場になってきた
歴史があるからだろうか。

「プレッツェル」 2006年 ウィム・デルヴォワ
お菓子のプレッツェルが黒く丸い立体に。よく見ると、プレッツェルの棒の部分は、
磔刑にされたキリスト引き伸ばしたもの。「えーっ!」 ユーモア?ちょっとグロ。

絵画でも「磔刑図」1999年 リュック・タイマンス
神の啓示の光だそうで、画面から溢れ出る白い光が眩しい。

時代は1996年なのだが、入ってすぐの場所に展示されていたのが、
「フランダースの騎士(絶望の騎士)」 ヤン・ファーブル
フランダースの騎士.jpg

この写真ではわからないけれど、うさぎの耳を持つ頭の部分がキラキラ黄金色に輝いている。
それもそのはず、黄金虫の殻をびっしり挟み込んでいる!ホンモノでびっくり。
昆虫採集を思い浮かべるが、それもそのはず、ヤン・ファーブルは「ファーブル昆虫記」の
ファーブル先生の子孫。

この展覧会「ベルギー奇想の系譜」のサブタイトルは、「ボスからマルリット、ヤン・ファーヴルまで」
だった。17世紀から突然19世紀末までとんだが、ベルギー特にフランドル美術の奇想、というか
奔放な発想+ユーモア、根底にあるキリスト教信仰、これらを少し知ることが出来た。


9月24日まで。

nice!(34)  コメント(13) 
共通テーマ:アート

ランス美術館展 [展覧会(洋画)]

tirashi.jpg


友達Mが一緒に行ってほしい展覧会があるというので、「どこ?」ときいたら、
「新宿西口の損保ジャパン、ゴッホのひまわりのあるところなんだけど、ランス美術館展を
やってるの。フジタがたくさん出てるから」


入ってすぐにあったのがこの絵。顔だけが目立つ。背景の色と服の肩から袖部分がほとんど同じ色
なので、目をひく。ヨーゼフ・シマ 『ロジェ・ジルベール=ルコント』 1929年
シマは、チェコで生まれ、後にパリに出て、シュルレアリスムの作家たちと交流した。

Shima.jpg


展覧会は、年代順の配置で、4つのセクションに分かれている。
1.国王たちの時代
2.近代の幕開けを告げる革命の中から
3.モデルニテをめぐって
4.フジタ、ランスの特別コレクション
「平和の聖母礼拝堂」のための素描


[1]国王たちの時代の絵は、肖像画が多い。
リエ=ルイ・ペラン=サルブルー 『ソフィー夫人(またの名を小さな王妃)の肖像』 1776年
ロココ調。ソフィー夫人はルイ15世の6女。マリーアントワネットの義理の姉なので、
アントワネット的雰囲気の豪華な服と家具。
sofhi.jpg

フランスが栄華を誇ったのは、アンリ4世に始まるブルボン朝の時代。
フランス人に「アンリ4世は偉大な王様よね」と言うと、大抵は大いなる同意が得られる。
アンリ4世の次の王様ルイ13世の肖像画があったが、色白細面の女性的な風貌に少々の違和感。
フィリップ・ド・シャンパーニュ(に基づく)『コルベ―ル』は、威厳を持って描かれ、偉大な政治家で
あったと伝わってきた。


[2]アントワネットの次の時代は、フランス革命の時代。
絵の分野は、優雅なロココ調に代わって、「新古典主義」の時代。
真打登場。ここで、この絵に会えるとは思わなかった。
ダヴィッド『マラーの死』 フランス革命の指導者マラーの死を取り上げたこの絵は人気が高かったので、
ブリュッセル美術館の作品と同じものを、ダヴィッドの工房でいくつか再制作したそうだ。
手に持つ手紙は、暗殺者からのもので、1793年7月13日、Charlotte Corday と名前が記されていた。
David_Marlor.jpg


ダヴィッドの次の時代の絵画の主流は、ドラクロワに代表されるロマン派。
『ポロニウスの亡骸を前にするハムレット』 1854~56年
これは油彩画だが、ドラクロワは、当時発明されたリトグラフの技術を使って、1834年から
ハムレットの連作を発表し、好評だった。
Dolacrois.jpg


先月、西洋美術館で回顧展があったシャせりオーの絵も2枚あった。
『バンクォーの亡霊』 1854年 シェクスピアのマクベスの一場面。
ここには展示されてないが、シャせりオーはマクベスの別の場面も描いている。
展示されていたもう一枚は「とらわれの女」

Chasseriau.jpg



シャンパンで有名なポメリーの「ポメリー夫人の肖像」は豪華な服で美しく描かれていた。
一方、クールベ『彫刻家マルチェロ(カスティリオーネ=コロンナ公爵夫人)』1870年は、写実の
クールベなので、飾り気なく描かれていた。
コローの『川辺の木陰で読む女』1965年、
ブーダン『ダンケルク周辺の農家の一角』1889年
ドーミエ「画家」、カンバスの前に立つパレットを持った画家、自画像なのだろう。
アンリ・ファンタン=ラトゥール 『まどろむニンフ』は、霞がかった天空にいるニンフと天使たち。
著名な画家の作品が一枚づつ展示されていた。



[3]次のセクション「モデルニテをめぐって」は、1870年代印象派の時代からポスト印象派まで。
シスレー『カーディフの停泊地』 1897年 ポメリーの経営者家の所蔵作品。
カーディフはウェールズの首都。旅をしたときの作品だろう。

Sisley.jpg


ピサロ『オペラ座通り、テアトル・フランセ広場』 1898年 これもポメリーの経営者家の所蔵
Pisaro.jpg


ゴーギャン『バラと彫像』 1889年
色の分割で画面を構成。花瓶の横にある小さな彫刻はゴーギャンがマルティニーク島での作品。
よく見ると、バラの花、ひとつ、ひとつは色が微妙に違う。このくすんだ色合いがとてもいいと思った。

gogyan.jpg


ぱっと会場が明るくなる大きな絵は、ドニ『魅せられた人々』 1907年
右側に海に連なる神殿風の建物。ヴェニスだろうか。横長のせいか壁画ふうでもある。

Dinis.jpg


ヴュイヤール 『試着』も良い絵だった。


[4]最後のセクションは、フジタのコーナー。
第二次大戦中に政府の依頼で戦争画を描いた藤田嗣治は、戦後、画壇から糾弾を受け、
日本に居辛くなった。1950年、フランスへ戻り、5年後にフランス国籍を取得した。
ランスは古くからシャンパンの町である。シャンパン会社「G.H.マム」の招待でランスを訪れた
フジタは、シャンパンのミュズレ(コルク栓に被せる金属の蓋)ためのバラの花の画を依頼された。
そして、フジタはランス大聖堂で洗礼を受け、洗礼名レオナール・フジタを授けられた。洗礼親は
「G.H.マム」の会長であった。

フジタは、「G.H.マム」の会長の援助で、「G.H.マム」の敷地内に「平和の聖母礼拝堂」を建立する。

平和の聖母礼拝堂」のためにフジタは壁画をフレスコで作成。この時、フジタは70才過ぎ。
礼拝堂を造りたいという信念があったから、体力も続いたのだろう。壁画を写真パネルで紹介。
さらにステンドグラスのための「聖ベアトリクス」の下絵、彩色した絵、太い黒の輪郭線を加えた
ステンドグラス完成品とプロセスがわかるようになっている。
「七つの大罪」の大きな絵も、デッサンと完成品の2つがあった。


チラシに使われている絵は、『マドンナ』 1963年
映画「黒いオルフェ」の主演女優を中央に、周囲に15人のアフリカ系ケルビムを描いている。
すべての民族の平和を祈るフジタの考えであろう。


『奇跡の聖母 』1964年 聖母マリアが盲目の女性の眼に指を当てている。
周囲には大勢の病人がマリアの奇跡の成就を待っている。美しく穢れない表情のマリア。

madonnna.jpg


これは絵葉書だが、著作権があるので、ADAGP Paris(フランスの著作権団体)の文字が入っている。


フジタとえば、ネコの絵を思い浮かべる人も多いだろう。それそれの猫の表情、見飽きない。

『猫』 1963年
Foujita.jpg


有名な画家の作品が1点ずつあり、地方都市の美術館という感じがした。
大きな感動はないが、親密さがあり、予想以上によかった。

後半は、フジタの礼拝堂に的が絞られているので、感動した友達は、いつかここに行きたいと
帰り道、ずっと言っていた。

nice!(25)  コメント(8)  トラックバック(0) 
共通テーマ:アート
前の6件 | - 展覧会(洋画) ブログトップ