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ティツィアーノとヴェネツィア派展 [展覧会(洋画)]

上野の東京都美術館に「ティツィアーノとヴェネツィア派展」を見に行った。
ポスターやチラシの絵の女性「フローラ」(1515年 ウフィツィ美術館蔵)
の美しさに見入ってしまう。手に持つのは花束。

Thiziano.jpg

ティツィアーノ(1490~1576)は、イタリア・ルネサンスの時代の画家だが、
フィレンツェでなく、ヴェネツィアで活躍した。

フィレンツェ派とヴェネツィアの違いは、フィレンツェではフレスコ画が多いが、
ヴェネツィアは水の都で湿気が多いため、油彩画である。またフィレンツェでは
デッサンが重視されたが、明るい光のヴェネツィアでは色彩が重視された。

貿易で栄えたヴェネツィアでは、絵の注文は商人たちからが主だったので、
宗教画より娯楽性の強い神話の女神が人気があった。
チラシの女性「フローラ」も花の女神である。
このフローラ、私には現実の女性に見える。実際そばで見ると、細かく描かれた衣装、
美しい肌、きりりとした顔立ちに目が釘付けになってしまう。
なんと、これは、ティツィアーノ25才の時の作品!

次、大きな絵、美しい色彩に目を見張る。これは22才の時の作品。
画面いっぱいに描かれたキリストが実際にこちらに来るような迫力。
「復活のキリスト」 1510~12年 ウフィツィ美術館蔵

TitianChrist2.jpg 

このように若い時から、絵の上手さが評判だったティツィアーノなので、肖像画の依頼が殺到した。
神聖ローマ帝国の皇帝カール5世にも気に入られ、騎馬像、立ち姿と描いている。
(展示はなし)

「教皇パウルス3世の肖像」 1543年 ナポリ カポディモンテ美術館
パウルス3世は、英国のヘンリー8世を離婚問題で破門した教皇。
元気あふれていた教皇も年老いて、穏やかになり、しかし眼光厳しく。。
ティツィアーノは、人の特徴をつかむことに卓越していた。

ThitanPurro3.jpg

「ダナエ」 1544~46年 ナポリ カポディモンテ美術館
ギリシア神話の話。美しいダナエに近づくため、ゼウスが黄金の雨になり、
天井からダナエの上に降り注いでいる。黄金の雨は金貨で表されている
ので大粒。実際は大きな絵なので金貨が見えるが、この写真では見えにくい。
ダナエ、キューピッド共に視線の先は、金貨。

TitianDanae2.jpg

「マグダラのマリア」 1567年 ナポリ カポディモンテ美術館

マグダラのマリアは罪深い女だったが、涙を流して悔悛したということで画題によく使われる。
最晩年の作品。ドラマティックな表現がマリアの表情からわかる。

Titan_MagudaraMaria.jpg

ティツィアーノは全部で7点の展示。

他に、ヴェネツィア派の画家たちの絵がいろいろ展示されている。
入ってすぐは、「聖母子コーナー」。
いろいろな画家の聖母子があったが、中でも色彩的に目立っていたのが、
ジョヴァンニ・ベッリーニ「聖母子」 1470年頃。 ヴェネツィア コッレール美術館
手摺の向こうに半身の聖母像を置く構図は、ビザンティンのイコンにならったものである。

Berrini.jpg


ジョバンニ・ベッリーニは、当時、ヴェネツィアで一番の画家だったので、
ティツィアーノは、10代で画家を志し、弟フランシスコと共にベッリーニに弟子入りした。
フランシスコの作品「聖母子とマグダラのマリア」も展示されていた。 

ヤコボ・ティントレット(1518~94年)はティツィアーノの弟子。
「レダと白鳥」 1551~55年 ウフィツィ美術館

Tintret_Leda.jpg

大きな絵。画面いっぱいの斜め構図で、椅子からずり落ちそうなレダ。
ギリシア神話:ゼウスが 美しいレダを誘惑しようと、白鳥に姿を変えて近づいている。
赤の布地と緑色との対比が印象的。


パルマ・イル・ヴェキオ(1480~1528年) もティツィアーノの弟子。 
「ユディット」 1525年頃 ウフィツィ美術館

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敵の将軍ホロフェルネスを酔わせて殺したユディット。首を取り、得意そうな顔。
ふくよかな体格で白い肌、金髪のために残忍さを感じさせない。


パオロ・ヴェロネーゼ(1528~88年)はティントレットと共に後期のヴェネツィア派を
代表する画家で、色づかいが美しい。優美さがある。
「聖家族と聖バルバラ、幼い洗礼者聖ヨハネ」 1565年頃 ウフィツィ美術館

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ヴェネツィア派は、知らない名前の人が多く、馴染みがないせいか、簡単に見終わって
しまった。ここに挙げた5点のティツィアーノ作品の素晴らしさを改めて感じる。


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デトロイト美術館展 [展覧会(洋画)]

 デトロイト美術館には20年前に行った。でも何の絵を見たのか思い出せない。
記憶にあるのは、白亜の壮麗なアメリカン・ルネサンス様式の建物、エジプトコーナー、
立派なアトリウムのカフェ[喫茶店]。ロビーのディエゴ・リベラの壁画、デトロイトの自動車工場の
様子を描いたもの。それだけ。4~5時間いたのに。

tirashi.jpg

ゴッホの自画像(1887年)がチラシに使われている。
アメリカの公的な美術館に初めて収められたゴッホの作品。
力強く明るい色彩と激しい筆使いが特徴。

ゴッホの自画像と対角線の位置にあったのが、ゴーギャンの自画像(1893年)。

東京都美術館で開催された「ゴッホとゴーギャン展」と、この展覧会が重なっていた時期も
あるので、両方の展覧会を見た人は特に興味深かったと思う。

展示は4セクションに分かれている。
1、印象派 2、ポスト印象派c 4、20世紀のフランス絵画 

1、印象派

モネ 「グラジオラス」 1876年頃
夏の日の下で傘を差しているのは妻のカミーユ。
パリ郊外のアルジャントゥイユに住んでいた時の作品、

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ドガ 「楽屋の踊り子たち」 1879年頃

ドガ 「ヴァイオリニストと若い女性」 1871年頃
この時代に写真機が使われ始め、ドガも撮影をしていた。
これは、一瞬の情景を切り取ったスナップショットのような構図。
モデルはドガの妹らしい。ドガはベルト・モリゾ一家と互いの家で、時折、音楽と
会話の夕べを開催していたので、そんな折の一コマだろう。

degas_Violinist.jpg

ルノワール 「白い服の道化師」 1901-02年
白がまぶしいほどに光り、ドレープがゆるやかに流れる。白いサテン地のピエロの服。
子供にはかなり大きいのが可愛い。モデルは次男ジャン。椅子に半座りのポーズがいいなぁ。

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ルノワール 「座る浴女」 1903-06年
ルノワールの浴女は作品数が多いので、時には、がっかりするものもあるが、これはすばらしい!
絵が華やいでいた。晩年、1900年以降の裸婦には、衣装が作品に描きこまれている。
ここでも左側に脱ぎ捨てられた帽子と服が見られる。

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カロリュス・デュラン 「喜び楽しむ人々」 1870年
肖像画や人物画が多いカロリュス・デュラン。時代の人気画家だった。
西洋美術館の常設「母と子」は好きな絵だが、それとは大いに違う動きのある人物。
笑う女性が実にリアル。印象派ではなく、それ以前のアカデミックな手法で描かれている。

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2、ポスト印象派

セザンヌ 「画家の夫人」 1886年頃
原田マハの著書「デトロイト美術館の奇跡」で主人公が会いたいと願っている絵がこれ。
mozさんの記事で紹介されているので、そちらをご覧ください。

セザンヌ 「サント=ヴィクトワール山」 1904-06年頃
セザンヌが描くサント=ヴィクトワール山の絵も何枚もあるけれど、これは、かなり近景。
横長ではなく肖像画のサイズのため岩山の存在感が高まっている。
幾何学的な表現の試みが手前の針葉樹林にはっきり見れた。

Cezanne_StVictoire.jpg

ゴッホ 「オワーズ川の岸辺、オーヴェールにて」 1890年
この場所は、当時パリ市民が休日に魚釣りや舟遊びに訪れる行楽地だった。
力強いタッチ、木の葉の激しい描写と寒色系の表現。この絵を描いてしばらくして
ゴッホは37歳の生涯を綴じた。

Gogh_Owase.jpg


ルドン 「心に浮かぶ蝶」 1910年頃
落ち着いたオレンジ色の背景にさまざまな形の14の蝶が舞う。
心に浮かぶ蝶というタイトル通り、実際にいる蝶ではない。

ドニ 「トゥールーズ速報」 1892年
「トゥールーズ速報」という新聞のための広告ポスター。
女性の肢体、新聞紙が曲線、模様化された雲。アールヌーヴォー調。
女神のような女性が落とす新聞に手を伸ばす人々。

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ヴァロットン 「膝にガウンをまとって立つ裸婦」 1904年
ボナール 「犬と女性」 1924年 
縦長画面。食卓にすわるマルトは傍らの犬を見ていて顔は見えない。



3、 20世紀のドイツ絵画

カンディンスキー 「白いフォルムのある習作」 1913年
抽象画を描き始めて、数年しかたっていない頃の作品。右上に金色と青色のドームを
持つロシア教会が見てとれる。カンディンスキーは敬虔なロシア正教徒であった。

キルヒナー 「月下の冬景色」 1919年
冬景色なのに、こんなに明るい色合い。からまつの林はピンク色。
中央にぽつんと家がある。
不眠症に悩まされながら、アトリエの窓から見えた景色を描いた。
森や山岳などの自然に神秘性や崇高性を感じるドイツ的心性。

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マックス・ベックマン 「オリーブ色と茶色の自画像」 1938年
ベックマンの「ホルンを持った自画像」は、「ノイエ・ギャラリー」で見、記事にした。
松本人志に似てるとコメントをくださったかたがいたのを思い出す。

ココシュカ 「エルベ川・ドレスデン近郊」 1921年
ココシュカはオーストリア兵として第一次世界大戦に従軍した後、ドレスデンに移った。
ウィーンで修業したので、ウィーン分離派の影響を受けていたが、この絵のような
ドイツ表現主義的描写に移っていった。
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ココシュカ 「エルサレムの眺め」 1929-30年
古い建物や頑丈な砦からもエルサレムだなとわかるが、上の絵と異なり形状がはっきりしない。

ノルデ 「ヒマワリ」 1932年
少し萎れうつむき加減になったヒマワリ2本。たくさんの種がついているので、
次代への生命をつなごうとする瞬間。


4、20世紀のフランス絵画

モディリアーニ 「女の肖像」 1917-20年
楕円形の顔、長い首。恋人ジャンヌがモデルと言われている。

スーティン 「赤いグラジオアラス」 1919年頃
強烈な赤い色。強い筆のタッチ。印象に残る作品。

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マティス 「窓」 1916年
窓の線やテーブル、椅子の線が交差。ラジエーターの輪郭線と椅子の線が重なる。
空間は右奥の窓の外へとのびている。すべての形が響き合い、色の対比とハーモニー
が全体を調和させている。アメリカの公的な美術館に初めて収められたマティスの作品。

Matisse_Fenetre.jpg

マティス 「ケシの花」 1919年頃
華やかな静物画。背景は青い屏風。

ピカソ 「肘掛椅子の女性」 1923年頃
1920年代初めからピカソの絵の主流は古代やルネサンス美術に学んだ古典主義
になっていった。女性は古代の女神のように理想化された姿で描かれている。

picasso.jpg

 ピカソ 「読書する女性」 1938年
恋人である写真家のドラ・マールがモデル。顔が歪み指が肥大したシュルレアリスム。
ドラ・マールは「泣く女」のモデルにもなった。


アメリカの主要な美術館は、美術に情熱を注いだコレクターに恵まれていることが多い。
デトロイト美術館には、ハドソンズ百貨店の創業者の家系のロバート・ハドソン・タナヒル
が個人で収集していたものが死後(1969年)寄贈された。今回展示されているマティス、
ゴーギャン、ピカソなどである。

[晴れ]名画揃いのとっても良い展覧会です。
展示点数が52と多くないので、疲れず、飽きずに見れますから、オススメ。
21日(土)までです。
 


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クラーナハ展 [展覧会(洋画)]

東京・上野の西洋美術館で開催中のクラーナハ展に行った。
クラーナハは、長らくクラナッハと記述されていたが、原語に近い表記で「クラーナハ」が最近
使われている。クラナッハの方がドイツってすぐわかるのに、、と思うのだが。

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クラーナハの絵は、世界中、たいていの大きな美術館で、見かける。
下半身太りの裸体、冷たい目つき、鎖のような金のネックレスと特徴があるので、すぐわかる。
日本では今回初の展覧会。見に行くのを楽しみにしていた。

クラーナハは、今から500年前にドイツ、ザクセン地方で活躍した。
その頃、ドイツではデューラーが第一人者としての地位を確立していた。

1504年、クラーナハはザクセン選帝侯フリードリヒ賢明公の宮廷画家にスカウトされ、
ザクセン公国の首都ヴィッテンブルグに居を移した。
顎ひげをたくわえ、金色の頭巾を被った選帝侯の肖像画も展示されていた。(fig1)
クラーナハは工房を構え、宮廷人・政治家などの肖像画や教会の祭壇画を制作した。
fig1 1515年
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「ザクセン公女マリア」(1534年)
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婚約を機に制作されたもので、ティアラに指輪4本、着飾っている。
ネックレス、立ち襟、コルセットの結び目などは当時の宮廷モードだったらしい。
服の袖の切れ込みは装飾的で、この絵に立体感を出している。
ピカソも本作品のポストカードを所持していたとのこと。

宮廷画家としてのクラーナハは、木版画の制作もまかされた。
木版画は大量生産が出来るので、フリードリヒ賢明公の宣伝のために流布された。
「聖母を礼拝するザクセン選帝侯フリードリヒ賢明公」 1512年

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[クラブ][ダイヤ] 裸婦

クラーナハというと、あの独特のフォルムの裸体画を思い浮かべる人が多いと思う。
fig2 「ヴィーナス」1532年
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NHKの番組「日曜美術館」で、この裸体のおへその位置はあり得ないと実際の人物を
用いて試していたが、あり得ないところがいいのだと思う。首を異常に長く描いたり、
アングルの「パフォスのヴィーナス」然り。
暗い背景に浮かび上がるかのような細身の肢体。手には透ける布のヴェールを持つ。
高貴な夫人が、ぱっと服を脱ぎ捨てたかのように豪華なネックレス、髪飾りが光を放つ。

「アダムとイブ」1537年
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これよりずっと前、1509年制作の「アダムとイブ」の木版画も展示されていた。
木版画で流布した「アダムとイブ」だが、この絵も板絵で数多く作られた。
イブは右上にいる蛇にそそのかされ、リンゴを食べ、アダムにもすすめた。
りんごを手に持ち、「ほんとに、おいしいの?」と躊躇した表情のアダム。
左下の鹿がこちらをじっと見る目付きは何を意味してるのだろうか。

マルセル・デュシャンが、この絵を下にエッチングで「アダムとイブのイメージ」
を描き、パリの劇場での幕間劇に自らアダム役になった写真も展示されていた。

「泉のニンフ」1537年
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ジョルジョーネの「眠れるヴィーナス」にそっくりの構図。
しかし、このヴィーナスは、fig2の立ち姿のヴィーナス同様、ネックレスや腕輪をつけ、
脱ぎ捨てたビロードの服を枕にしていて、古代のヴィーナスではない。
右側の木に弓と矢筒がかかり、ヤマウズラがいるので、狩りの女神ディアナの存在が
暗示されている。ディアナはニンフたちに「誰にも裸を見せてはならない」と命じた。
しかし、この奔放なニンフは、、、。

「ルクレティア」1510年
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クラーナハは数多くの「ルクレティア」を描いているが、私が好きなのは最初期のこれ。
表情に決意と気品がある。
最終段階での「ルクレティア」は、黒い背景でfig2ヴィーナスと同じような全身像。

[スペード][ハート] 女の力 誘惑する絵

老人と若い女という「不釣り合いなカップル」。
金品目当てに誘う女。のせられる男。老人の描写がリアル。

「サムソンとデリラ」1528年
美しい女性。赤いビロードの服の艶の表現がすばらしい。

「ロトとその娘たち」1528年

「洗礼者聖ヨハネの首を持つサロメ」1530年代
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あどけない表情のサロメ。母ヘロディアからの命令で首をもらっただけなのよ、
と罪の意識は全くない。こんな美しく可憐な女性が踊ったら、「褒美に何でも取らせるぞ」と
ヘロデ王が言ったのもわかる。

「ホロフェルネスの首を持つユーディット」1525年
チラシに使われている絵。
自分たちの町を乗っ取り、我が物顔に振舞っていた敵方の首領ホロフェルネス。
町を救うために、ホロフェルネスを酒に酔わせ眠らせ、首をはねた。
張りつめた面持ちの中に達成感と安堵感が見られる。冷たく見えるが美しい。
サロメのあどけなさと大いに異なる。

[天秤座][パスワード]ルターと宗教改革
フリードリヒ賢明公が創設したヴィッテンブルグ大学にルターは学び、後に教授となった。
ルターは、1517年に教会に、「教皇レオ10世の発行する免罪符への論題」をつきつけ、
教会の改革を目指したが、受け入れられず、破門された。そのため、カソリックとは袂を
分かち、プロテスタントとなった。

フリードリヒ賢明公はルターを応援し、クラナーハの描くルターの肖像画が広まった。
ルターひとりの肖像画もあるが、禁止されていた聖職者の結婚を世の中に認めさせるために、
ルターは妻との絵をクラナーハの工房で描かせた。

「マルティン・ルターとカタリナ・フォン・ボラ」 1529年
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フリードリヒ賢明公によって城に匿われたルターは、聖書のドイツ語訳を完成させ、
その挿絵をクラーナハが木版で作成し、出版人として印刷もした。

クラナーハの考案した絵画主題のうち一番の人気は
「子どもたちを祝福するキリスト」 1540年頃
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クラナーハ工房は、30点以上この主題の作品を制作した。どれも同じものはなく、
それぞれに改変が加えられている。

クラーナハ工房は、絵の寸法や構図を規格化し、定型化した人物像と風景モチーフ
を積み木のように組み合わせ変化をつけたので、制作は迅速で、量産できた。
クラナーハは経営者として近代的な合理化をし、ブランド管理を行い、経済的な成功
をなした。500年も前のことである。クラナーハ亡き後、工房は息子に受け継がれた。


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ゴッホとゴーギャン展 [展覧会(洋画)]

東京都美術館で開催中の「ゴッホとゴーギャン」展」を見に行った。
今までに、ゴッホ展は何回もあったけれど、今回の展覧会はタイトルどおり、ゴーギャンとの
友情、共同生活に焦点を当てたもの。
ゴーギャンとの共同生活で、精神的におかしくなったゴッホが自分の耳を切り落とした事件
は、ご存知ですよね。

tirashi.jpg

まずは、ゴッホとゴーギャン、2人が出会うまでのそれぞれの作品が展示されていた。

ゴッホは1853年、オランダの牧師の家庭に生まれた。
聖職者を志すが、28歳で画家に転向。はじめは、暗い色彩の絵を描いていた。

最初の展示作品は、「古い教会の塔、ニューネン(農民の墓地)」 1885年5-6月
30代初めの作品。初期なので暗い色彩。
ニューネンは両親が住んでいた場所。教会は廃墟で暗鬱な雰囲気。建物のまわりは
十字架のある墓地。空には鳥が舞っていた。
「こんな絵、なかなか見る機会がない」と同行の友が言う。

1886年にパリに出たゴッホは、印象派や新印象派の絵を学び、色彩が明るくなる。
1887年の34歳の自画像。「パイプと麦わら帽子の自画像」 
明るい水色の服に目が行く。大胆で素早い筆使い。黄色の麦わら帽子。

ゴッホの憧れ的存在だったミレーやコロー、ゴーギャンが薫陶を受けたカミーユ・ピサロ。
他にモネ、シャヴァンヌ、モンティセリという当時の画家たちの作品が展示されていた。
初めて見る絵ばかりで、とても良かった。
ミレー「鵞鳥番の少女」
ピサロ「ヴェルサイユへの道、ロカンクール」
セリュジエ「リンゴの収穫」

エミール・ベルナール「ティーポット、カップ、果物のある静物」

1888年、ゴッホはパリを離れ、明るい光の南仏アルルに移住。黄色い家を借り、アトリエとした。
「収穫」1888年6月

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青い明るい空の下、田園が広がる。パノラマ風景。
収穫の季節なので、田園は黄金色に染まり、農機具や人も見える。
この絵、いいですよねー。[黒ハート]
丁寧に描かれた詩情豊かな光あふれる絵。

アルルを気に入ったゴッホは、ここに画家たちのユートピアを作りたいと考え、何人かに手紙を出した。
ゴッホが特に強く誘ったのはゴーギャン。ゴーギャンから、OKの返事が来ると、ゴッホはゴーギャン用の
肘掛椅子を買い、2本の蝋燭、2冊の本を置き、歓迎用の絵を描いた。
「ゴーギャンの肘掛椅子」 1888年 (上のチラシに使われてる絵)

一方のゴーギャンは、1848年、パリ生まれ、ゴッホより5才年上。父は共和党支持のジャーナリスト
だったので、ルイ・ナポレオンの台頭により南米ペルーへ一家で逃れ、7才まで過ごす。パリに戻り、
株式仲買人として勤める傍ら、絵を学び、ピサロと知り合う。

「夢を見る子供(習作)」 1881年
印象派展に出品。モデルは娘。子供が白いシーツのベッドの上でこちらに背を向けて眠っている。
静かな絵だが、ベッドの向こうの壁紙に鳥が飛んでいるのが装飾的。

ゴーギャン「自画像」 1885年

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1886年、ブルターニュ地方の田舎ポン=タヴェンへ出かけ、制作に励み、後に「総合主義」を
打ち出す基礎を作った。
「ブルターニュの少年の水浴」 1886年
水浴という構図がセザンヌを想い起すが、シャヴァンヌふう楽園のイメージもある。

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1887年、カリブ海のマルティニク島に赴く。
「マルティニク島の風景」 1887年
木立の色は各々の面に分割されている。

1888年10月、ゴッホの招きで、ゴーギャンはアルルにやってきた。
2人の共同生活が始まり、ゴッホと同じ「収穫」というテーマで絵を描いた。

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ゴーギャン「ブドウの収穫、人間の悲惨」 1888年11月

後方ではブルターニュ地方の衣装の女性がブドウを収穫し、画面中央の女性は両手を顔に
当てて悲しみに暮れてる。これはゴーギャンの育ったペルーのミイラのポーズだそう。
つまり、実際に目に見えない女性が描かれている。実際に目に見えたものだけを描くゴッホに
対して、ゴーギャンは見えないものも表現しようとした。二人の大きな違い!
さらに、葡萄がとれないブルターニュの女性がブドウの収穫とは、、という指摘に対し、
ゴーギャンは「あり得ないけど配置した」と手紙に書いている。
友達は、「ブルターニュからの出稼ぎ?」と笑って見ていた。

2人が戸外でイーゼルを並べ、影響しあい制作をしたのは、実はほんのわずかな期間。
芸術観の違い、性格の不一致もあり、結果的に共同生活は破綻。耳切り事件で終わる。
ゴーギャンはパリに帰り、ゴッホは入院。
しかし、二人の交流は失われたわけではなく、その後は書簡で交流が続いた。

1889年 ポール・ゴーギャン「ハム」 
古典的な表現。マネの影響ありと言われている。

ゴッホ「玉ねぎのある静物」 1889年
画面の明るさが際立っていた。

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ゴッホはその後、アルルで、人物画をいくつか描いた。
「ジョゼフ・ルーランの肖像」、「ミリエ少尉の肖像」、「アルジェリア兵の肖像」。
ルーラン氏の絵は背景違いで何枚かあるので、これまでに何度か見て馴染みがある。
ミリエ少尉は優しそうな人。背景に月と星が描かれてるのは何か意味があるのだろうか。
アルジェリア兵は、迫力ある人物画。強烈で見たら忘れられない。

しかし、ゴッホの精神状態はよくならず、再び入院療養。
療養中のゴッホの作品は、タッチがうねる。
「オリーブ園」 1889年
Gogh_Olive.jpg

共同生活から僅か1年後、ゴッホは自殺を図り、息を引き取った。

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ゴッホ「自画像」1887年

一方、ゴーギャンは、タヒチに移住。島の人々を描き、自らの作風を完成させていった。
ゴーギャン「タヒチの3人」 1899年


左の女性は左手に青いリンゴを持っているが、これは禁断の実。右の女性は花を持ち、
中央後ろ姿は男性。現実と幻想が入り混じった暗示的なゴーギャンの世界。


最後を飾る作品は、「肘掛け椅子のひまわり」
言うまでもなくゴッホへの追憶。ゴッホの死から11年後に描かれた。


ゴーギャン「肘掛け椅子のひまわり」 1901年

ゴッホがゴーギャンが来るのを待ちわびつつ描いた
「グラスに生けた花咲くアーモンドの小枝」1888年
赤い線は、日本の浮世絵からヒントを得たと言われている。
Gogh_Fleur Almomd2.jpg


この展覧会はアルルでの2人の共同生活を中心に置いているが、それまでの2人の画業、
2人が影響を受けた作家たちの作品、共同生活が終了してからの2人の仕事、と時系列で
網羅され、全部で62点の展示。ゴッホ美術館、クレーラ=ミュラー美術館からのものが多かった。

18日(明日)まで。


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ダリ展 [展覧会(洋画)]

12日(月)で終わりの「ダリ展」(国立新美術館)、とても良かったです。
10年ぶりの回顧展なので、作品数も200近くと見応えがあります。

今まで、いろいろな所で見る機会が多かったダリの作品。シュールなものに驚き、笑う
ことはあっても、そのメッセージを解いてみようとまでは至らなかった。けれども、NHKの
「日曜美術館」で紹介されたダリの絵は、ブルーとベージュの色合いが綺麗で、シュールな絵
も説明をされると納得がいった。メッセージは謎解きと同じで面白そう。俄然、見たくなり、
友達を誘って出かけた。

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回顧展なので、展示は年代順。
(1)
1904年、スペインのカタルーニャ地方の裕福な家に生まれたダリは、少年時代から絵画の
才能は抜きんでていた。
初期の作品、20才前のものは、セザンヌっぽい山、スーラっぽい景色、俯瞰的な視点の
「チェリスト」、イラスト的なポスターなど、多種多様な作風で面白い。
その中で、フォーブの強烈な色彩の絵に目が行った。
しかも落武者がぬっと顔を出し、こちらを見ている。タイトルは、なんと、、、
「ラファエロ風の首をした自画像」1921年

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ラファエロ風の首、、、ラファエロの「自画像」、向きは逆だけど、首が目立っている、でも、こんな
ろくろ首ではない。背景のカダケスの山の上に沈む夕日の強烈な色合いが画布全体を覆う。

(2)
マドリードの王立アカデミーに入学したダリは、後に映画監督になるルイス・ブニュエルや詩人の
ガルシア・ロルカと出会い、刺激を受ける。
映画「アンダルシアの犬」で有名なブニュエルだが、この映画はダリとの共同制作だったので、
映画も会場で上映されていた。
ダリの描いたブニュエルの肖像画(1924年)もあった。
古典的な画風だが、顔の頬のあたりに当時の流行キュビズムが取り入れられていた。

キュビズム的なものは、静物画にも取り入れられ、木のおもちゃのような「スイカ」が面白かった。
ダリの写実能力はすばらしい。一本、一本描いてるのかと思えるほどの髪の毛の表現と光の扱い方
がいいなと思ったのがこれ。モデルは妹。
「少女の後ろ姿」1926年

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(3)
ダリはパリに出かけ、多くの芸術家たちと交流をする。
そして、後に妻となるガラと出会う。ガラはダリのミューズとしてダリのシュルレアリストとしての
才能を開花させた。

「カダケスの4人の漁師の妻たち、あるいは太陽」 1928年頃(絵の写真なし)
は、ミロふうの絵。「赤い色が妻ね、3人しかいないけど、4人めは黒? これ、舟よね」
なんて謎解きの会話をしながら見た。

「速度の感覚」1931年(写真なし)
なぜ、速度?と思ったが、時計があるからなのだろう。

以下は、私達に馴染み深いダリワールド。
タイトルから謎解きをしたり、説明を読んだり。
「謎めいた要素のある風景」 1934年 

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見渡す限りの砂漠。左手に赤い塔と糸杉。糸杉はダリの作品にしばしば登場。
空のブルーと地面のベージュ、黄色の対比が美しい。真ん中でにぽつんと、キャンバスに向かう男。
説明によると、この男はフェルメールなんですって。たしかにフェルメールの「絵画芸術」の人と同じ姿。
でも、ダリの人物は極端にウェストが細い。


「奇妙なものたち」1935年
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ダリの絵では同じモチーフが、ここ、そこに登場する。
右端のひしゃげられた時計。中央奥のピアノ。グレーの人が座ってるソファー。
このソファーは、後の絵では、人がいなくなり痕跡だけになる。
ここは海の岩場のようだが、女性の役割は?


(4)
第二次世界大戦が勃発すると、ダリはアメリカに亡命した。
ヒッチコックの映画にも参加、「不思議の国のアリス」の挿絵を描いたり、舞台美術や衣装、
宝飾の仕事なども手がけた。

横浜美術館の常設展示で見たことがある「幻想的風景 暁」(ヘレナ・ルビンスタインの
ための壁面装飾)はとても大きな壁画なので、目立っていた。

(5)
日本への原爆投下に衝撃を受けたダリは、原子力の知見と神秘主義を結びつけた
絵画を制作しようとした。

「ウラニウムと原子による憂鬱な牧歌 1945年
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中央にある首を傾げた女性の顔の中には爆撃機が描かれている。爆弾機の周りに炎と煙が
あがっているのは爆弾がさく裂?女性の横には、野球のバッターボックスに立つ男。左端には
口を開けて、この光景を見ている男。青空は割れ目から見えるだけ。ここは洞窟でしょうか?

「ビキニの3つのスフィンクス」1947年(写真なし) 
マグリットを連想する絵。

(6)
アメリカから戻ったダリ夫妻は、バルセロナの北にある地中海沿いの港町ポルト・リガトに
居を構えた。妻ガラをモデルに描いた「ポル・トリガトの聖母」1950年

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ピエロ・デッラ・フランチェスカの「天使と六聖人と聖母子」をもとにした絵なので、
ルネサンスふうの絵。厳粛な雰囲気もあるが、よく見ると笑える。マリアの膝の上にいるキリストの
胸の部分にある額に入った絵はパンが描かれている。
建物が分割されているのは、原子核の構造を表しているからとのことで、ポルト・リガトの海
と海にいる生物が配置されている。祭壇の左下にサイがいるのが謎。
かなり大きな絵。

「ラファエロの聖母の最高速度」1954年
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よく見ると中央にラファエロの聖母像の目のあたりが見える。
聖母像が、核分裂するように多数の球体に規則的に分解されていく。
背景は、ポルト・リガトの海。

(7)
ダリは晩年は、シュルレアリスムと決別し、カトリックへの信仰を深める。
古典絵画に回帰し、少年時代に美術館で見た「テトゥアンの大会戦」の絵をダリふうに仕上げた。
横4m、縦3mという大きな絵。テトゥアンの大会戦は、19世紀、スペインのモロッコへの進軍。

「テトゥアンの大会戦」1962年(写真なし)
壮大な歴史画なのに、よく見ると、中央にいる騎馬隊の隊長はガラ。剣を振り上げて先導。
左上では馬が空を駆けあがり、右上には長い剣。中央の騎馬隊の頭上には聖母。

作品数が多く見応えがあり、楽しかった。
サルバドール・ダリ美術館からの作品が多かったので、すっかりダリが気に入った友達は、
ダリの住居でもあったポルト・リガトの「ダリ美術館」へ行ってみたいと言っていた。


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ルノワール展 [展覧会(洋画)]

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国立新美術館で開催中のルノワール展は、今まで見たルノワール展の中で一番よかった。
でも、会期が明日22日まで。遅い記事ですみません。

どこが良いのかというと、大きな代表作がいくつも来ていて、見応えがあり、それが、
新国立の天井の高い大きな空間に、見やすく展示されていて、印象に残る。

チラシに使われている「ムーラン・ド・ラ・ギャレット」、177×131㎝の大きな絵。1876年。
「ムーラン・ド・ラ・ギャレット」は、パリ・モンマルトルのダンスホール。画面狭しとばかりに
大勢の男女が踊ったり、会話したり。光がいっぱいの楽しそうなひととき。日本初公開。

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「ムーラン・ド・ラ・ギャレット」で、中央にいる女性2人、美人姉妹で、上の方の黒い服のジャンヌは
「ブランコ」1876年、のモデル。
「ブランコ」は、Bunkamuraの「ルノワール+ルノワール」展にも出品されていた。
リボンが前についた白い服に当たる陽のきらめきが、写真では伝わらず、実際に絵を見ると
よくわかる。地面に降り注ぐ木漏れ日もきらきらと美しい。

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まさに印象派という「光のきらめき」の時代から、7年後の1883年。
「田舎のダンス」「都会のダンス」これも180×90㎝と大きな絵で、2つ並んでの展示は45年ぶり。

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田舎のダンスのモデルは、後にルノワールの妻となるアリーヌ・シャリゴ。
赤い帽子で赤い頬。楽しそうに笑っている。健康そうなシャンパーニュ地方オーブの田舎娘。
一方、「都会のダンス」のモデルは、ユトリロの母で画家のシュザンヌ・ヴァラドン。
純白のドレスでの美しい立ち姿は、まさに都会の洗練。

ダンス関連として、ルノワール以外の同時代の画家も展示されている。
ゴッホの「アルルのダンスホール」

ティソの「夜会」の裾が豪華なサテンドレスの黄色の鮮やかなこと!これも1mの大きな絵
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ルノワール次男、映画監督のジャン・ルノワールの作品「フレンチカンカン」の
ハイライトシーン映像コーナーがあり、外にもフレンチカンカンの音楽が聞こえてくる。


[フリーダイヤル]会場は、いくつものセクションに分かれている。
最初の絵は、「猫と少年」。1868年。縦123㎝の大きな少年のヌード。
かなりの美少年。マネ、クールベの影響を受けた印象派以前の若い時代の作品。

次の絵は、「陽光の中の裸婦」1876年
ルノワールらしさが出てきた絵。Bunkamuraの展覧会にも出品されていた。

[むかっ(怒り)]「私は人物画家だ」というタイトルのセクションは、肖像画特集。
ここでも180㎝と大きい「ジョルジュ・アルトマン夫人」の全身、室内肖像画の立派さに目が行く。
「ジョルジュ・シャルパンティエ夫人」1876年
ブリヂストン美術館にある「座るジョルジェット嬢」の母君。
「モネ」を描いた肖像画もあった。

「読書する少女」 1874年
白い頬をバラ色に染めて読書に熱中する少女。何を読んでいるのだろう。
窓からの光が美しい。

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[むかっ(怒り)]風景画
「草原の坂道」 1875年
少し高い視点から描かれた坂道。降りてくる人の動きがいきいきと、実際にこちらに向かって
くるかのようだ。遠景の一本の糸杉の木が全体をひきしめ、野原の空気感が伝わる。
モネの「日傘の女性」もこんな草原に立っていたっけ。

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「バナナ畑」1881年は、ルノワールらしくない強い色彩だが、実際、バナナ畑はこういう
色合いだったのだろう。

[むかっ(怒り)]子どもたち、身近な人たち
「ジュリー・マネ」1887年
画家ベルト・モリゾとマネの弟ウジェーヌ・マネの娘ジュリー。
9歳だけど大人びた表情。気品があってかわいらしい。抱かれた猫の顔がいいなぁ。
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「母性(ルノワール夫人と息子ピエール)」 1885年
田舎のダンスでモデルだったアリーヌは、ルノワールの妻となり、子どもを3人生んだ。
授乳中のアリーヌ。顔は喜びに満ちている。

「道化師(ココの肖像)」
ココはルノワールの息子クロードの愛称。道化師の服を着せての肖像画。

「バラを持つガブリエル」1911年
ガブリエルはルノワール家の乳母であり、たくさんの絵のモデルとなった。
豊満な肉体だったので、「横たわる裸婦(ガブリエル)」1906年という大きな作品もあった。

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[むかっ(怒り)]ピアノを弾く少女たち

「ピアノを弾く少女たち」1892年
印象派の作風を離れた古典的画面構成。温かみのあるルノワール色。
じっと見ていると、実に多彩な色の組み合わせで絵が構成されているとわかる。
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この絵の横に、ブリヂストン美術館の「ドビュッシー展」に出品され、チラシに使われていた絵
「ピアノを弾くイヴォンヌとクリスティーヌ・ルロル」 1897年 が展示されていた。

[むかっ(怒り)]裸婦
肌色表現が得意なルノワール。生涯、裸婦をたくさん描いたが、その集大成がこの大きな裸婦。
「浴女たち」1918~1919年 
晩年はリウマチに侵され、手が不自由になっていたにも関わらず、豊かな色彩と表現力。
生命感に満ち溢れている。

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[フリーダイヤル]作品数は全部で100点ほどで、すべてオルセー美術館とオランジュリー美術館のコレクション。
質の高い展覧会だった。


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