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展覧会(絵以外) ブログトップ
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エミール・ガレ(自然の蒐集)展 [展覧会(絵以外)]

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☆この展覧会は終了しました。


「清朝のガラスとガレ展」をサントリー美術館で見たが、ガレと打ち出していた割には、
ガレ作品が少ないと思った。夏になるとガラス器に惹かれる。もっとガレ作品を見たい
なーと思っていたら、コザックさんの記事で、箱根ポーラ美術館で、ガレ展をやっている
と知り、自然界の森や海に焦点を当てた展覧会という内容が面白そうなので出かけた。

1846年、フランス北東部のナンシーで生まれたガレは、父も腕のいいガラス器職人だった。
1867年、パリ万博に出品した父の代理として半年間、パリに滞在したガレは、そこで、
日本の北斎漫画や絵画を見る。そして「菊」の花に惹かれ、ナンシーに日本の農商務省
派遣で留学していた高島北海に「菊について教えてほしいことがたくさんございます」
と手紙を出した。

最初の部屋では、菊の花をモチーフにした作品がたくさん展示されていた。
チラシ一番上左のガラス器は透明色のガラスを素地としたエナメル彩。同じような形で、
カマキリやトンボのものがあるが、これは「菊」の模様。好きな作品。
↓ このオレンジ色の器も菊模様。



kiku_edited-1.jpg

こちらも全部、菊。
この展覧会はいくつかの作品を除いて、撮影可になっていた。

kiku3.jpg


窓越しに緑の木々が見える展示のしかた、自然を取り入れていて、いいなと思った。
この展覧会のテーマに沿っている!この時は小雨だったので、木々も煙って見える。

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左側、日本の花と鳥らしい。右側は?


これは、季節の花、あじさい。

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こちらは大麦で、下に東大の研究所作成の「押し花」が展示されていた。


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蝶の模様の所には、綺麗な色の蝶の標本があった。
ポーラ美術館の所蔵品、モネの「グラジオラス
」が対で展示されているのも目をひいた。


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モネの「睡蓮」と「太鼓橋のある睡蓮」に挟まって、睡蓮の模様の器の展示。


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ボナールの大きな絵「りんごつみ」(右)と左(題名忘れ)も間仕切りとして使われていた。


ルノワールの「アネモネ」とルドンの「アネモネ」に挟まれて、アネモネ模様の花瓶が
あった。絵画をたくさん持っているポーラ美術館ならではの展示。

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AnemonRudon.jpg


最後のコーナーは、海の生き物のモチーフ。
50才を過ぎて、ガレは、ドイツの動物学者ヘッケルの著書「自然の芸術形態」に出会い、

深海の生き物の美しさに魅せられる。ヘッケルの図版は当時、大人気だったそうだ。
ジュール・ヴェルヌの「海底2万マイル」はこの頃、すでに注目されていた。
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ヘッケルの図版を参考に、ガレは海の生き物をモチーフにして制作をした。
「クラゲ文花瓶」(北沢美術館)

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「海藻と海馬文花器」
透明地に赤のガラスを被せ、海藻と海馬(タツノオトシゴ)を彫り、口縁に
ボードレールの「惡の華」からの一文を彫っている。晩年のガレは、象徴主義の文学
にも深く関わっていた。


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植物学や生物学の大いなる知識と卓越した技術を駆使して、傑出した芸術作品を
生み出したガレは、植物や昆虫、海の生物といったモティーフをデザイン化した。
まさに自然を蒐集するコレクターといえよう。

展覧会後の休憩

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ガレも愛した清朝皇帝のガラス [展覧会(絵以外)]

サントリー美術館で、開催中の 「ガレも愛した清朝皇帝のガラス」展に行った。
ガレの作品が好きなので、行きたいなと思っていたところ、新聞(日経)に出ていた
展覧会紹介の写真の「ブルーに茶色の被せガラス、模様は魚」という花瓶の重厚さが

すばらしくて、見入ってしまった。しかもヴィクトリア・アルバート美術館からの
とのこと。見なくては。

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見てよかった。
私はガレ作品には、ジャポニズム=日本の影響があるとしか知らず、中国からの
影響、それも大きな影響があったことを知らなかった。


ガレは、不透明な被せガラスの中国陶器に魅せられ、1885年、ベルリンの
工芸美術館でそれらを見るために、2週間滞在したという記録があり、実際、
それ以降の作品に、清朝ガラスの影響が見てとれる。

また、2015年にガレの旧蔵品がオークションに出され、花器「蜻蛉」制作
の参考にしたと一目でわかる清朝の鼻煙壺があったことから、中国の影響が
確認された。


中国のガラスの歴史は古い。
紀元前5世紀から3世紀のトンボ珠が展示されていた、で、次は一挙に清朝の
時代の展示となる。

乾隆帝の時代(1736~95)、フランスからガラス工芸の技術者を2名招聘し、
宮廷用の品を造る工房を紫禁城内に造った。
この時代、黄色は皇帝か皇妃用の品にだけ使われる色だった。
「黄色鳳凰文瓶」(サントリー美術館)
不透明なガラス。木の枝にとまる鳳凰を彫ってある。
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古代の青銅器を模した形のものも造られた。
「青色文字入双耳瓶」(永青文庫)

青色文字入り双耳瓶.jpg


紅色宝相華唐草文鉢(サントリー美術館)

高台や模様は削り出している。
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雪片地紅被騎馬人物文瓶(サントリー美術館)
白のガラスの上に紅色を被せ、勇壮な騎馬武者が戦う場面を彫ってある。

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乳白地多色貼獅子浮文篇壺 (東京国立博物館)

色違いのガラスで獅子の親子を表している。

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中国の影響がみられるガレの作品が展示されていた。
花器「カトレア」1900年(サントリー美術館)

花器「おだまき」1900年(サントリー美術館)


最後に「鼻煙壺」のコレクション(町田市立博物館)がずらりと並んで壮観だった。

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7月1日までなので、会期はあとわずかですが、おすすめ。



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レアンドロ・エルリッヒ展 [展覧会(絵以外)]

六本木ヒルズにある「森美術館」で開催中の「レアンドロ・エルリッヒ展」へ行った。
サブタイトルが「見ることのリアル」
映画を見た帰りに友達と「よくわからないけど、時間もあるし、行ってみよう」

レアンドロ・エルリッヒ《反射する港》2014年

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入ったとたん、真っ暗な部屋での展示はかなり大きな水槽に浮かぶ舟。

「こんなのフツーじゃない」って思うのは最初の数分だけ。よーく目をこらして見ると、
水がない!じゃーなんで水に映る影があるの?

友達と行ったので、あれこれ、謎解き気分で見て回った。
た・の・し・い!


レアンドロ・エルリッヒ《雲》

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「雲?」「それがよく見てよ。実は、、、、」



ほかに、奥行きがあるように見えるマジック?それとも?の写真とか、ま、楽しい。

「試着室」は、鏡とスツールだけ、カーテンで仕切られたブースがいくつもいくつもあって迷路。
あれ!鏡に映ってるのが自分じゃない。大変。出ようとしても、鏡のマジックでどこにいるのか
わからなくなってくる。鏡にぶつかったら困るし、、体験型でおもしろい。



次の部屋は写真での表現シリーズ。


レアンドロ・エルリッヒ《ファーニチャーリフト》2012年

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写真にあるクレーンで持ち上げられてる家の模型がすぐ横にぶら下がっている。
この建物、実は、写真に写ってる家が持ち上げられてる。家ごと引っ越す場面。
そんなことあり?




この展覧会で一番面白いのは、ポスターやちらしに使われてる演劇の一場面のようなもの。


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作家名/作品名:レアンドロ・エルリッヒ《建物》
この写真/動画は「クリエイティブ・コモンズ表示 - 非営利 - 改変禁止 2.1 日本」ライセンスでライセンスされています


下に窓の写真があるので、寝転んでポーズをとると、正面に垂直に置かれた鏡に
自分が映るしかけ。
「写真撮ったげるから、やりなさいよ」「いやよ。あなたがすれば」と譲り合い、
見るだけだった。

これが、今回の展覧会のちらし&ポスター

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ジャコメッティ展 [展覧会(絵以外)]

展覧会の会期が終わりに近づくにつれ、行った人がふえ、「ジャコメッティ展、よかった」
という声があちこちから聞こえる。行かなくちゃ、で、友達と出かけた。

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ジャコメッティの作品を知ったのはいつだったのだろう?
高校生の時、「ほら、あの細長ーいジャコメッティの彫刻みたいな人」と、今は亡きE子が
言い、笑ったりしたのを思い出す。そして実物を初めて見たのは、箱根の彫刻の森で、だった。
一昨年、倉敷の大原美術館でも小さめの細い女性像を見たが、今回のようにまとめて
たくさん見れる機会はなかなかない。


2015年にジャコメッティの「指さす男」(個人蔵)が、クリスティーズで170億円という彫刻で
過去最高の値段がついて話題になった。「指さす男」は、ニューヨークのMOMA(近代美術館)にもある。

今回は展示のしかたが良く、楽しんで見れる。
回顧展なので、ほぼ年代順の並び。18才、彫刻に取り組む前の作品「ディエゴの肖像」という絵
から始まるが上手い。このまま画家でもいけるのでは、と思えた。
アルベルト・ジャコメッティ(1901~1966)はスイスの山合いの村の生まれ。父はジョバンニは
名の知れた画家だった。1才下の弟ディエゴも彫刻家で家具製作者。
18才で彫刻を志したジャコメッティは、パリに出て、ブールデルに学ぶが、師のように写実的な
彫刻でなく、キュビズム的な作品に取り組んだ。ピカソ、ミロ、バルテュスらと交友があり、
アフリカの原始彫刻にも興味を持った。
女=スプーン(1927年) ブロンズ

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その後、シュルレアリズムから離れ、写実的な5センチほどの小さい彫刻に専心していく。
余分なものをそぎ落とした結果の形である。肉づけのない細い人物というジャコメッティの
原型がここにある。
追記)
ジャコメッティは画家の父から「見たように、あるがままに描け」と教わった。ところが、
ジャコメッティがそこに置いた梨を描くと、どんどん小さくなってしまう。これは悩みだった。
「見たものを記憶によって作ろうとすると、怖ろしいことに、彫刻は次第に小さくなった。それらは
小さくなければ現実に似ないのだった」と、ジャコメッティ自身が後に語っている。

1946年に15才年下のアムネットと結婚。その後、彫刻は、どんどん大きくなったが、横幅は
そのままで背が高くなっていった。

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「これ、面白い!からす天狗」と目を留めたのは、下の写真。これは大きくない。
「鼻」1947年 ブロンズ


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ひとつの台座に複数の人物を配した群像もテーマのひとつになった。
「林間の空地、広場、9人の人物」1950年 ブロンズ
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こういった林立像の中で、私が好きだったのは、「3人の男のグループ(3人の歩く男たち)」
パリの街角で歩く人たちをスケッチ。すれ違いながら、それぞれ、各自の目的地に向かって
歩く人たちのようすをスケッチすることで、作られた3人の像。
3人は一緒の台座にいるけれど、お互い見知らぬ人、それぞれの方向に歩む。疎外感を
象徴するような現代を暗示する作品に見えた。(写真なし)

ジャコメッティは制作に時間がかかったので、モデルは忍耐力が要され大変だった。
哲学者、矢内原伊作は丁度パリに留学中だったので、幾度もジャコメッティのモデルを務めた。
東洋的な顔立ちの矢内原にジャコメッティは興味を持ったのだが、矢内原が誰よりも自分の
制作に理解、協力をしてくれたのがうれしかったようだ。矢内原コーナーもあり、私には、
矢内原が特別に東洋人っぽい顔立ちには見えなかったが、外国人の目には違うのだろう。
矢内原がジャコメッティからもらったジャコメッティが10歳の時に模写した北斎作品も展示
されていた。(神奈川県立美術館蔵)

弟ディエゴが一番長くのモデルをつとめた。ディエゴは動物の彫刻を制作し、東京の松岡美術館
ロビーに「猫の給仕頭」というとてもキュートな作品がある。ジャコメッティも犬、猫の作品を制作
したが、写実的なものではなく、痩せたジャコメッティスタイルである。
「犬」1951年 ブロンズ 
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「ディエゴの胸像」1954年 ブロンズ 

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ジャコメッティは画家の父からて手ほどきを受けているので、デッサンが非常に上手い。
リトグラフも何枚か展示されていた。下の室内の絵には、左側に作品「歩く男」が見える。

「犬、猫、絵画」1954 リトグラフ 
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1962年に、ジャコメッティはヴェネツィア・ヴィエンナーレの彫刻部門でグランプリを受賞。
世界中に名が知れわたった。

今回の展示の最後の大きな部屋には、彫刻が3つ。
撮影可能になっている。小さな彫刻が展示してある手前の部屋から、窓越しに大きな彫刻が
見えるようになっている展示のしかたがいいな!と思った。


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左側が、今回のチラシやポスターに使われた「歩く男」 である。
洗練されていて、とても良い展覧会だった。

 追記: 熱海・MOA美術館の「アフリカの美」という企画展で、ジャコメッティの「女性立像」を見たことがありました。→ ここをクリック

       アフリカの細長い人物像彫刻と並べての展示。これを見ると細長くなったのは、アフリカ彫刻を見た印象が
       頭の片隅にあったから、なのでは?と思われます。


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ソール・ライター展と映画「急がない人生で見つけた13のこと」 [展覧会(絵以外)]

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東京での展覧会は終わりましたが、伊丹市立美術館で来年8月から開催されます。
ソールライターにインタビューしたドキュメント映画「急がない人生で見つけた13のこと」
はDVD化されていて、再上映の可能性もあるので、記事にしておきます。


ソール・ライター、初めてきく名前だったが、チラシ(上の写真)に惹きつけられた。
映画のスチール写真のような静けさのある抒情表現。時間が止まっているかのよう。
行こう!と思ったのに、時間がとれなくて行ったのは最終日、閉館2時間前だった。
しかも「入れるのかしら?」と思うほど、待ちの列が美術館のある地下から1階まで続いていた。
Bunkamuraの展覧会で、こんなに並んでいるのを見たのは初めて。

ソール・ライター(1923~2013)は、アメリカのピッツバーグ生まれ。
父がユダヤ教の聖職者だったので、ライターも神学校へすすんだが、絵画に大きな関心
を持ち、図書館の美術書なども参照にしながら独学で絵画を習得。

しかし、個展を開催するも絵は売れず、生活のためにファッション写真に転向。
1950年代にはモード雑誌「ハーパス・バザー」の専属となり、写真家として成功をおさめる。
「ハーパス・バザー」は、「ヴォーグ」と並ぶモード誌で、リーダー的存在だった。

カルメン.jpg  《カルメン、『Harper's Bazaar』》 ソール・ライター財団蔵 [コピーライト]Saul Leiter


しかし、いつまでも順風満帆の生活は続かず、撮影の依頼が減少、1981年にはスタジオ閉鎖
を余儀なくされた。ライター自身も自由な創造性を求め、自らのためにだけに制作する「隠遁生活」
へ移り、次第に世の中から忘れられていった。

そんなライターが再び注目を浴びるようになったのは、カラー写真がきっかけ。
彼は1950年代からカラー写真を撮影していたのだが、当時は現像費が高く、現像技術も十分
といえなかったので、未現像のまま自宅に放置されていた。

1994年、イギリスの写真メーカーが、カラープリントのために助成金を出したことで、
ライターは過去作品を現像し、ニューヨークのギャラリーで写真展を開催した。
これが大変な評判を得、さらに何度か写真展が開催され、2006年にシュタイデル社より写真集
「Early Color」が刊行された。美術館やアンリ・カルティエ=ブレッソン財団でも展覧会が開かれ、
ライターは再び写真界の表舞台に登場した。83歳になっていた。


私が好きな傘の写真2つ。共に上から見下ろした視点。
左側のは、傘が画面の下3分の1を覆う。上3分の1は赤信号。3分割の構図が斬新。
さらに都会的センスの色づかい。
右側の赤い傘の写真は、画面を斜めに横切る雪の坂道。モノトーンの中に赤い傘。
浮世絵の構図にそっくり。

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《赤信号》1952年 ソール・ライター財団蔵 [コピーライト]Saul Leiter     《足跡》1950年 ソール・ライター財団蔵 [コピーライト]Saul Leiter


大胆な構図と美しい色彩、それがソール・ライターの特徴といえよう。
チラシの左側の写真 「天蓋」1958年、画面の半分以上が天蓋になっている大胆構図。
霧の中を行く人々、無彩色のようだが、薄いクリーム色の背景で全体が温かく見える。


同じく、ぼたん雪が舞う日のニューヨーク。これも絵画のような美しさ。
右の人の傘のおしゃれなこと。

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《無題》1952年 ソール・ライター財団蔵 [コピーライト]Saul Leiter


チラシの右側の写真 「雪」1960年は、雨の日、ガラス窓に映る外のようす。
雨のしずくと水蒸気でのもやっとした感じが抒情をよぶ。
ソール・ライターは、ガラス窓への「映りこみ」が気に入っていた。
「ウェイター、パリ」では、ガラス戸に映りこむ反対側の道に立つ人々が面白い。
主役の年とったウェイターは、お盆に視線を向けこぼさないように気をつけている。
パリでの普段の生活の一コマなのだが、切り取りかたでドラマを感じさせる。

Paris.jpg《ウェイター パリ》 1959年 ソール・ライター財団蔵 [コピーライト]Saul Leiter


ソール・ライターは、背中を撮るのも好きだった。ハンマース・ホイの絵を思い出すような作品
「モンドリアンの労働者」は、茶系の落ち着いた色の濃淡だが、モンドリアンの「コンポジション」
を想い起すから、このタイトルなのだろう。
走る車の中なら撮った写真も多い。「戸口の犬、パターソンにて」では、ホッパーの「日曜日」が
浮かんだ。

モンドリアンの労働者.jpg《モンドリアンの労働者》 1954年 ソール・ライター財団蔵 [コピーライト]Saul Leiter

ヌード写真が何枚もあったが、モデルとの親密感が感じられ、日常生活が
切り取られているかのようで、よかった。緊張感なしで撮られているからだろう。
ボナールの絵に似た構図のものもあった。


若い頃、画家だったソール・ライターは、ボナールらナビ派の絵を愛していた。
デ・クーニングらの抽象主義が盛んだった時代なので、その影響も受けている。
ライターの絵も展示されていたが、私には、個性が感じられず、写真の方がずっといいと思った。


先週、東京都写真美術館へ「世界報道写真展」を見に行った。
そうしたら、偶々、ソールライターのドキュメント映画「急がない人生で見つけた13のこと」を
やっていたので、ラッキー!もちろん見た。


インタビューに対し、ソール・ライターが人生、いろいろ、あったけど、こんなことが面白かったよ、
と語る。とてもリラックスして、あははと笑いながらの思い出話。
たとえば、
「『ハイパーズバザー』での1年より、ボナールの一枚のデッサンの方が私にとっては意味がある」
と編集者に言ったら、彼女の表情は凍りつき、軽蔑の眼差しで私を見つめていたんだ。


チラシの写真「雪」に関しては、
「雨粒に包まれた窓の方が、私にとっては有名人の写真より面白い」
(つまり、この「雪」の写真を大いに気に入っている。)

「肝心なのは何を手に入れるかじゃなくて、何を捨てるかなんだ」

「私は日本の浮世絵のコレクションを持っていた。ボナール、ヴュイヤールも持っていた。
その時代は、そこそこ安く買えたんだ。そしてお金が必要になるたびに、それを売っていた。」

映画は近所で写真を撮るようすなども交え、単調にならないよう工夫している。
部屋の壁には淡い色合いのライター自身の絵が3枚かかっていた。お気に入りのボナール
に似ているような、いないような。。時々猫がすっと傍を通る。

昔一緒に暮らしていた彼女は亡くなって、、いいやつだったのになぁ、一緒で楽しかった、
と、言いながら、彼女の荷物をほどくと、そこには、ソール・ライターからプレゼントされた品の
包装が中をすとんと抜いたままとってあった。包装まで大切にとっておいて、いい彼女だった
のね、と、じんと来た。

インタビュー当時、89才。
長い人生を歩んで来たからこその含蓄のある言葉の数々、と感じた。

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エミール・ガレ展(生誕170周年) [展覧会(絵以外)]

サントリー美術館へ「エミール・ガレ展」を見に行った。
今年は、ガレの生誕170周年にあたるので、ガレ関連の催しの広告をよく見かける。

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ガレは、19世紀末から20世紀初頭のアールヌーヴォー期を代表するガラス陶芸作家。
その独創的な作品は、ガレ風なものとして、今でもいろいろな所で見かける。

ガレ作品をたくさん持っているサントリー美術館は、「ガレとジャポニズム」展を以前に
開催したが、今回は、オルセー美術館から借りた制作過程のデッサン画や家具を交えて、
ガレの作品を以下の①~⑤の5つの視点でとらえ直している。

①ガレと祖国
ガレは、フランス東部ロレーヌ地方ナンシーで、高級ガラス器陶器製造販売会社を営む家に生まれた。
父は、ナポレオン3世に食器を納める御用商人であった。ガレも父を手伝い、ガラス工場で
修業をし、デッサンを習い、デザインを始めた。

ガレが24歳の時、普仏戦争がおこり、ガレも義勇軍として参戦した。しかしフランスはドイツに
敗北、アルザス・ロレーヌ地方の一部を割譲した。ガレがガラスの修業をしたマイゼンタールの工場は
ドイツ領となってしまった。ガレの祖国へ愛はいっそう深まり、それが作品に表された。

デッサン画 「花器(フランス菊)」
フランス菊は、忍耐、寛容、、、を表す花。
このフランス菊にロレーヌ十字(十字を上下に重ねたもの)と、ナンシーの花、アザミをデザインした花器。
デッサン画とそこから生まれた花器を並べて見れるのが興味深かった。

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デッサン画 「花器(アザミ)」 故郷ナンシーの花アザミ。

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ゴブレット「ジャック・カロの人物画」1867年
ガレ21歳の作品。
中央に配置された絵柄は、ジャック・カロの銅版画シリーズ「小さな道化たち」からで、
左利きの辻ヴァイオリンニスト。帽子を被った道化とヴァイオリン、見えますか?
ジャック・カロはナンシーの上流階級の生まれ。人々の生活を鋭い観察で風刺して
銅版画に描いた。2014年に西洋美術館で「ジャック・カロ銅版画展」があった。
ガレが、同郷のカロの作品を多く用いたのも祖国愛からだろう。

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②ガレと異国
ガレの眼が異国に向けられたのは21歳の時。1867年パリ万博での経験だった。
ガレは万博に出品する父の手伝いで、半年間パリに滞在した。この時の万博は、
ジャポニズムが話題となり、ガレも多くのインスピレーションを得た。

1878年の万博にガレが出品したのは、花器「バッタ」
酸化コバルトで発色した「月光ガラス」を発表して、その美しさが評判になった。
バッタや菊などが金彩風に絵付けされ、日本美術の影響が伺える。
口縁部には、イスラムを意識した唐草模様。
前回の万博で吸収したものを使った異国的な要素が高い作品。

G2.jpg

ジャポニズムからインスパイア―された瓢形植込鉢「鯉」1880年
瓢箪形で、側面は節のある竹の装飾、底には鯉が描かれている。
細い線はおたまじゃくし?
エジプトも万博で注目されていたので、ガレはこちらからもヒントを得て、
鳩の顔がエジプト風に描かれた植込み鉢「鳩」。胴の部分には日本美術からの
流水紋、笹竹紋などが描かれている。
その他、イスラム、中国の影響と思われるものがあった。

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③ガレと植物学
ガレは母の影響で幼少期から植物に深い愛を持ち、植物採集で有名な植物学の
教授と知り合い、植物学に没頭していった。自宅の庭には2000種以上の植物が
栽培され、花の絵はボタニカル・アートとして成り立つほど緻密である。

習作「アイリス」 花瓶「アイリス」
ジャーマン・アイリスのつぼみの形を花器に見立て、花模様を装飾した作品。
くすんだ緑色のガラスを被せた素地に茶色、紫、明るい緑など幾種類もの色ガラスが
筋状に練り込まれている。上にアイリスの花が白や紫で象嵌され彫がなされている。
ブロンズ製の台もアイリスの形。凝った作品ですばらしい。

Iris.jpg

白い大輪の蘭の花がこぼれ落ちそうな「氷の花」は、「ガレとジャポニズム展」で見て
印象に残っている壺型の花器。

④ガレと生物学
植物を愛したガレは、花と共に生きる生物、昆虫も愛し、模様に取り入れた。
蜻蛉、蝉、蝶、カエル、海洋生物などがモチーフとなった。

昼顔形花器「蛾」 1900年
白い昼顔の花に、茶と紫色の羽根の蛾がとまる様子をそのまま描いている。
白い半透明のガラスは、花弁の筋が浮き上がって見えるほどである。
マルケトリー(ガラス象嵌)で蛾は精密に描かれ、白い昼顔との対比が美しい。
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⑤ガレと文学
ガレは学生時代にいろいろな言語を勉強し、神話の世界にも詳しかった。
文学好きでもあったので、自分の作品に詩文を描くようになった。

栓付瓶「葡萄」1900年
全体が葡萄のモチーフになっている栓付きのワインボトル。
胴部には葡萄の葉と蔦の模様が彫られ、色とりどりの半球状の葡萄の実が着いている。
ボードレールの詩集「悪の華」からの「毒」の一節が彫られている。
「葡萄酒はどんな汚れたあばら屋をも豪華な姿に装わせ、赤く金色に光る靄の中に、
幾つもの架空の柱廊を出現させる、、、、」

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「過ぎ去りし苦しみの葉」というメーテルリンクの銘文が刻まれた壺「枯葉」の
ガラス器に見えない風合いは「ガレとジャポニズム展」で見て(写真あり)印象に
残っていたが、今回、また見ることができた。

⑥ガレと究極
ガレは観察したこと、自ら感じたことを表現するために、様々な方法を考えた。
ガラスは美しいだけでなく何かを語るものだった。ガレはガラスの透明性を故意に失速
させる「パチネ」という技術を開発し、特許をとった。

ランプ「ひとよ茸」1902年頃
ひとよ茸は数日間で成長し、夜に笠を開き、一夜のうちに柄だけを残して溶けてしまうもの。
錬鉄製の台座は、森の木々を表している。一夜だけと言う命が自然の摂理、人生の輪廻を
表している。ぼんやりと灯るランプの姿が薄暗い森を思わせる。

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脚付き杯「蜻蛉」 1903年~4年 (写真は「ガレとジャポニズム展」参照)
大理石の輝きを持つマーブルガラスに化石のように蜻蛉を閉じ込めている。
ガレの最後の作品。死を予期したガレは、このモデルを数点造り、親しい友人や親戚に
贈った。はかない命の蜻蛉は自分を象徴するものだったのだろうか。


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