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展覧会(洋画) ブログトップ
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ルーヴル美術館展 肖像芸術 [展覧会(洋画)]

国立新美術館へ「ルーヴル美術館展 肖像芸術」を見に行った。
メトロ「乃木坂」駅直結の国立新美術館は、暑い夏の日には外を歩かなくてすむので、
便利。それほどの混雑もなく、ゆっくり見れた。
LouvreTirashi.jpg


ルーヴル美術館展は、これまで何回もあったので、どこに焦点を当てるかでサブタイトルが
ついている。今回は「肖像芸術」というタイトルで、肖像画、彫刻の傑作が展示されていた。


まずは、今から3400年前、エジプト新王国時代の「棺に由来するマスク」
この時代は、本人の顔でなく、「理想化された顔」の画が棺に張り付けられた。
眉と眼の周りは派手な青ガラス製で、暗い会場の中で、人目を惹く。

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ところが、時代が過ぎ、2世紀後半の女性の肖像」 エジプト 
になると、理想化されたものでなく、生前のリアルな顔になる。リアルでこれなら、
美しい人。

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「ボスコレアーレの至宝{エンブレマ型杯}」 イタリア、35~40年頃
カンパニア州ボスコアーレで1895年に発見 銀: 
ボスコアーレはヴェスヴィオス火山噴火で溶岩の下に沈んだ町である。


古代ローマでは、自分の先祖を崇拝する習慣があり、先祖の姿を表現した肖像は、
家の中に大切に飾られていた。この杯の中央の男性が御先祖様。
銀を外から叩き出し、肖像を飛び出させている。飲むときに鼻にぶつかるのでは?
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<写真なし>
「ブルボン侯爵夫人次いでブーローニュ伯およびオーベルニュ伯夫人
ジャンヌ・ド・ブルボン=ヴァンドーム(1465~1511)
ランス王アンリ2世の王妃で、夫の死去によりブーローニュ伯、オーベルニュ伯
と結婚したので、タイトルが長い。
等身大の立像だが、俯いた頬はこけ、胸には蛆虫、お腹から腸が飛び出すという
悲惨でグロテスクな姿。病気でこのような姿になったが、本当の墓には、横に
美しい時代の立像が並んでいると説明が書いてあったので、ほっとした。



「アレクサンドロス大王の肖像」2世紀前半
有名な古代マケドニアの王。エジプト、ペルシアを征服し、インドにまで勢力を
拡大したが32歳で病死。こんなお顔だったのね。

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<写真なし>

「マラーの死」フランス革命のジャコバン党の指導者マラーの暗殺の場面の絵。
マラーは入浴中。左手に読んでいた暗殺者からの手紙を持ち、右手に返事を書くための
羽ペンを握っている。

<写真なし>

「5才のフランス王ルイ14世」ジャック・サザラン 1643年
わずか5才で国王となったルイ14世の胸像。古代ローマ皇帝ふうの胸像。

「アルコレ橋のボナパルト」グロ 1796年
ナポレオン27才、アルコレ橋の戦いでオーストリアに勝利した時の絵。
軍旗を掲げ軍を率いる強さが現れている。今回のチラシの裏表紙に使われている。
グロは、大作「ナポレオンの戴冠式」を描いた新古典主義のダヴィッドの弟子。
グロもダヴィッド同様、皇妃からの依頼でナポレオンの武闘を称える絵をいくつも
描いている。
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戴冠式の正装のナポレオン1世の肖像」トリオゾンの工房 1812年以降 
トリオゾンは、戴冠式の正装をしたナポレオンの肖像を36点も制作した。
それらは各地にあるナポレオンの事務所に置かれた。ナポレオンは絶頂期だった。
トリオゾンもダヴィッドの弟子で、新古典主義を基本としているが、この絵は
写実的である。

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<写真なし>

戴冠式の正装のナポレオン1世クロード・ラメ 1813年 大理石
部屋の中央に置かれた等身大以上、大きな彫刻。
頭に、ローマの月桂冠、白貂の毛皮には、フランス王室の蜜蜂模様。
彫刻なのに、ドレープや胸元のレースの表現がみごと。


※ナポレオンのデスマスク、かぎたばこ入れなども展示されているので、ナポレオンの
ファンのかたは是非いらしてください。

「フランス王子、オルレアン公フィリップ・ド・ブルボンの肖像」 アングル 1842年
大きな絵。オルレアン公が、自らアングルに注文した作品だが、完成した時には、公は
馬の事故でこの世を去っていた。32才だった。左手が長く見えるのは
アングルの美意識
からだろうか。
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「女性の肖像」(美しきナーニ)ヴェロネーゼ 1560年頃
チラシに使われてる絵。(一番上の写真)
この作品がナーニ家にあったので、「美しきナーニ」と呼ばれているが、女性が
誰なのかはわからないそうだ。衣装が大変に豪華。モデルの頭の小ささが印象的。


スカヴロンスキー伯爵夫人の肖像エリザベート・ヴィジェ・ル・ブラン1796年

ヴィジェ・ル・ブランは、マリー・アントワネットのお抱え画家だったため、フランス
革命後、各地を経由してロシアに亡命、ロシアの宮廷の人たちの肖像を多く描いた。
スカヴロンスキー伯爵夫人は、美貌で有名だった。
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第2代メングラーナ男爵、マルティネスの肖像」 ゴヤ 1791年
「まぁ小さい」と思ってしまう。モデルは当時2才8か月。
無地の背景。シルエットを包む光輪がモデルの存在感をいっそう強めている。
衣装も大変美しい
。サンローランはこの絵を所蔵し、自らのデザインのドレスに
インスピレーションをもらった。
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性格表現の頭像」メッサーシュミット 1771-1783の間 鉛錫合金
作者は、うつ病に悩んでいたので、自らのしかめっ面を作品にすることで、病に
勝とうとした。
この作品は、2011年ルーヴル美術館での「メッサーシュミット回顧展」のチラシにも使われていた。
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「春」アルチンボルド 1573年
アルチンボルドは、人の顔を動物や植物で表現する絵で当時から人気があった。
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気軽に見れる展覧会なので、暑い日中を過ごすには良いと思います

9月3日まで。



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プーシキン美術館展(東京都美術館) [展覧会(洋画)]

プーシキン美術館展は、何年かに一度、開催されている。


プーシキン美は、近代フランス絵画を多く所蔵しているので、同じ絵の来日は少ないし、
質の高いものが多い。今回のテーマは「旅するフランス風景画」である。

1、最初の作品は、クロード・ロランの「エウロペの略奪」1655年
クロードロラン.jpg

あまり大きくない画面、風景画の下のほうにギリシア神話の「エウロペの略奪」の場面
が描かれているが、小さいので、近くに寄らないと見えない。
白い雄牛に変身したゼウスは、侍女たちと海辺で遊ぶエウロペに近づき、エウロペが雄牛
に腰をかけた途端、ダッシュで海を駆け抜けクレタ島に向かった。
ロランは、イタリアでアゴスティーノ・タッシに学び、光を意識した風景画の中に
神話を取り入れた。当時、風景画は評価が低かったので、古典的な神話を取り入れることで、
買い手がついたのである。空の青、雲、木々が美しい。


2、ミレーの「ハガルの追放が描かれた風景」(17世紀後半)も風景画の中に旧約聖書の
一場面が描かれている。長らくプッサンの義理の弟デュゲの作品と思われていたが、
プーシキン美術館に収蔵された際、ミレーの作品と判明した。


3、クロード・ジョセフ・ヴェルネ「日の出」と「日没」1746年(写真なし)
陽の光がまぶしい朝焼け時、波しぶきをあげる海と出航しようとする小舟を描いた
「日の出」と金色に海が染まる夕焼け時のの帰港の様子を描いた「日没」



4、ジエム「ボスポラス海峡」19世紀後半

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ターナーふうの海景。

ジエムは、エキゾチックな風景や海景を得意とした。
手前には、ターバン姿の男たち。遠方にはイスタンブールの街並み。
存命中にルーヴル美術館に作品が所蔵された最初の画家である。


5、コワニエ/ブラスカサ「牛のいる風景」19世紀後半
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コワニエもブラスカサも共にイタリアに学んだ。

風景画よりも動物画家として評価されたブラスカサは、風景部分をコワニエに
頼んだ共作。


6、コロー「夕暮れ」1860~70年 (写真なし)
うす明るさの中、大きな2本の木と夕暮れを眺める2人の人物。得意とする
「思い出」の風景である。しかし、1870年代中頃には、現実の風景が好まれるように
なったので、描いたのが横長で画面の3分の2が雲天の「嵐」(写真なし)である。


7、クールベ「山の小屋」1874年頃

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雪で覆われたスイスアルプスの山々。手前にひっそりと佇む山小屋。
洗濯ものや煙突の煙から日々の暮らしが伝わる。
民衆の日々の暮らしを描いたクールベは、パリ・コミューンで民衆側に立って活動したが、

政府軍に捉えられ投獄されてしまう。身の危険を感じたクールベはスイスに亡命し、
ここで亡くなった。


8、ルノワール「庭にて、ムーラン・ド・ラ・ギャレットの木陰」1876年(写真なし)
木漏れ日の下での語り合い。モデルは大作「ムーラン・ド・ラ・ギャレットの舞踏会」
と同じ面々だろう。
服が同じなので。

9、ルイジ・ロワール「パリ環状鉄道の煙」1885年(写真なし)
横3mある大きな絵。厚い雲に覆われた空と雨上がりの湿った道路の間をモクモクと
煙が横切る。煙で部分的に見えなくなっている建物や人々。手前の煙がない部分の
馬や人々は明快に描写されている。モノトーンだけの画面が印象に残る。


10 ラファエリ「サン・ミシェル大通り」1890年代

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奥にパンテオンが見える。通りの両脇の建物は6階建て。

路面がぬれていることから、雨上がり、人々が街に繰り出してきた様子とわかる。
人々の服装から、当時の流行が推測できる。活気あるパリの街。


11 コルテス「夜のパリ」1910年以前 (写真なし)
19世紀、
ガス灯が設置され、配電網も敷かれ、パリの街は明るくなった。
店の灯りがガラス越しに通りを照らし、道行く人が見える。遠くに見えるのは、
パンテオンだろうか。コルテスはパリの景色を繰り返し描いた画家。


12 アルベール・マルケ「パリのサン・ミシェル橋」1908年

マルケ_パリのサンミッシェル橋.jpg

マルケはサン・ミシェル河岸に住んでいたので、これはアトリエから見下ろした
景色だろう。フォーヴの時代を経て、色彩が落ち着いてきている。
簡略化された形と明るい色彩でリズミカルな絵。


13 モネ「草上の昼食」1866年(上のチラシに用いられている絵)
チラシに使われているのだから、今回の一番の目玉作品。
パリの近郊でピクニックを楽しむ人々の様子。マネの同名の作品の3年後に描かれた。
モネ26才。中央にすわる女性2人はモネの妻カミーユがモデル。後ろに立つ背の高い男性と
左端の男性は、画家バジールがモデル。
木漏れ日や光の輝きは実際の絵で見るとよくわかる。

14 モネ「陽だまりのライラック」1873年

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満開のライラックにまぶしいほど光が差し込む。
パリから鉄道で15分の地、アルジャントゥイユに庭付きの家を借りたモネ。

家の庭で、妻カミーユと息子ジャン、ジャンの乳母がモデル。
同じ時期にモネは「ライラック・雲天」を制作した。同じ場所、同じ構図、天候の
違いでの絵は、積みわらや睡蓮といった後の連作の先駆けである。
「ジヴェルニーの積みわら」「白い睡蓮」も出品されている。


15 セザンヌ「サント・ヴィクトワール山の平野、ヴァルクロからの眺め」1885年

セザンヌ山.jpg

セザンヌはサント・ヴィクトワール山の絵を30点以上制作している。
これは初期の作品。山が空気を感じさせ清々しい。中景の家の直線とはっきりした面が
全体を引き締めている。
最晩年の幾何学的な形の連なりの絵もっ展示されていたので比較ができて面白い。


16 ボナール「夏、ダンス」1912年

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プーシキン美術館の作品コレクターであったモロゾが注文した自邸用の装飾画。
具体的な物語ではないが、明るい光に満ちた牧歌的な風景。愛犬と戯れる黒い服の女性は
ボナールの妻マルト。


17 アンリ・ルソー「馬を襲うジャガー」1910年

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熱帯ジャングルの木々の中央に動物がいる構図はルソーの得意とするところ。
ジャガーが白い馬にがぶっと噛みついている場面だが、馬が痛そうな顔をしていない。
それがこの絵を悲惨にさせず、幻想的な雰囲気にしているのだろう。
ジャングルの緑に所々配置された赤、オレンジ、白の花がアクセントになっている。


☆彡すばらしい作品ぞろいなので、おすすめです。7月8日まで。

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思い出の「ビュールレ・コレクション展」 [展覧会(洋画)]

もう終わってしまった展覧会ですが、良い絵がたくさんあったので、思い出として
記事にしておきます。


行ったのは会期末が近い5月の連休。混んでいるかと思ったら、すいていて拍子抜け。
「絵画史上最強の美少女」というキャッチコピーのルノワールの「可愛いイレーヌ」
の前には、人だかりがしていたが、その他の絵は、らくに見れた。
イレーヌ嬢はかわいいし、髪の毛の一本一本までが丁寧に描かれているが、ルノワールの
肖像画では、「マドモワゼル・ルグラン」(フィラデルフィア美術館&バーンズコレクション)、
「ジャンヌ・デュラン・リュエル」(バーンズコレクション)の方がかわいいと思う。
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1、入ってすぐは、肖像画だった。
やはり、アングルは肖像画の名手と再確認。

古典的な画風の上品な静けさから人物が語りかけてくる。
レースやビロードなどをふんだんにあしらった衣装がすばらしい。
「イポリット=フランソワ・ドゥヴィレの肖像」1811年

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「アングル夫人の肖像」1814年
手や衣服がアングルにしては、やや粗い筆遣いなので、未完とも言われている。


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●ルノワール「シスレーの肖像」1864年
若い頃、裕福だった時代のシスレー。貧しかったルノワールを助けるために肖像画を
依頼したのだろうか。


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●ファンタン=ラトゥールの「パレットを持つ自画像」1861年
ラトゥールの落ち着いた肖像画が好きなだけに、びっくり、がっかり。
自分の欠点をこんなに露わにして書かなくても、、と思ってしまう。


クールベの「彫刻家ルブッフの肖像」1863年
クールベらしい骨太の表情。

●ドガ「ピアノの前に立つカミュ夫人」1869年
夜の部屋、譜面が広げられたピアノの前に立つ夫人。大きな絵。



2、つぎの部屋は「ヨーロッパの都市」というタイトル。
●カナレットの「サンタ・マリア・デッラ・サルーテ聖堂、ヴェネツィア」1738~42年
ヴェネツィアに行ったことのある人なら、「あ~、この景色!」って思うだろう。
もうすぐ300年が経つというのに、変わらぬ景色。サンマルコ大聖堂よりも、はるか向こうに
サンマルコが見えるこちらからの景色の方が好きだ。建物、ゴンドラ、人々が実に細かく
描かれている。波立つ青々とした海、淡いブルーの広い空に清々しさを感じる。


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●シニャックが描いた「サンタ・マリア・デッラ・サルーテ聖堂」1905年 がすぐ傍に
展示されていたが、さざ波が大きめの点描で描かれ、光あふれるようすが、人工的に見え、
私はカナレットの方が好きだった。


モネの「ウォータールー橋」もあったが、

●マティスの「雪のサン=ミシェル橋、パリ」1897年

マティス初期(28歳)の写実的作品

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3、19世紀フランス絵画
●コロー「読書する少女」1845年

静かな雰囲気の中、少女の赤い服がぱっと人目をひく。
●ドラクロワ「モロッコのスルタン」1862年
ドラクロワは、フランス使節団のモロッコ訪問を絵で記録するために随行した。
それゆえ、モロッコを題材にした絵がいくつもある。


●シャバンヌ 「コンコルディア習作」1859年
コンコルディアは古代ローマの相互理解、調和の女神。ギリシア神話のハーモニーに対応する。
額縁が豊穣を意味するのか、果物の彫刻で飾られたかなり仰々しいものだった。
かなり初期の作品。習作のため細部がはっきりしないが、水辺あり、丘あり、森あり、狩の獲物
ありと、理想郷に近い場所に大勢の人物が描きこまれていた。

●マネ「オリエンタル風の衣装をまとった若い女」1871年
白い透ける衣装を身にまとったうつろな表情の女性。娼婦なのだろう。
好きな絵ではないが気になった。

●マネ「燕」1873年
草の上の昼食を思い出すような草原に女性が2人。燕はどこ?と探したら、かなりの低空飛行。


4、印象派の風景

●ピサロ「ルーヴェシエンヌの雪道」1870年頃
雪の降ったあとの光景。向こうの方にピンク色の陽がさし明るくなっていて、道にも
反射している。まっすぐに伸びた木々によって、視線が遠くへ、奥へと導かれる。
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●シスレー「ハンプトンコートのレガッタ」1874年
「このシスレー、いつもと違う!」って思ったのも当然。イギリスに4か月滞在した時、
描いたの作品。レガッタのボートが浮かぶ水面はたっぷりの水。そこに光が降り注ぎ、
キラキラしている。イギリスでの風景。

●マネ「ベルビュの庭の隅」1880年
洋館の前の赤い花咲く庭にすわる女性。印象派のような絵。モネ?と思ってしまった。
●モネ「ジヴェルニーのモネの庭」1895年
色とりどりのバラの花が咲き乱れる庭を愛でる義理の娘シュザンヌ・オシュデ。


5、印象派の人物画
●ドガ「リュドヴィック・ルピック伯爵とその娘たち」1871年頃
この絵は、セザンヌの「赤いチョッキの少年」と共に盗難にあったが、無事、返ってきた。
大胆で素早い筆さばき。2人の伯爵令嬢の顔は見たまんまで描かれている。

●ルノワール「泉」1906年

アングルの「泉」を意識しての作品だろう。少女の顔が美しい。


6、セザンヌ
セザンヌ作品が6点。絵の変遷を見てとれる。
「聖アントニウスの誘惑」 1870年 暗い画面の宗教画
「風景」お馴染みサント・ヴィクトワール山、セザンヌ夫人、パレットを持つ自画像。
「庭師ヴァリエ」1904年 キュビズムが入っていて面白い。


7、ゴッホ
ゴッホも6点。
「日没を背に種まく人」1888年
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ミレーの同名の作品の模写から発展させたもの。浮世絵の影響が大きい作品。
以前、国立新美の「新印象派展」でクレーラー・ミューラー美術館の少し構図が
違う同名のものを見ている。


●ゴッホ「花咲くマロニエの枝」1890年
背景は、青いクルクルだが、画面からあふれるほどに咲きほこるマロニエの花。
生命力にあふれる花とうねうねっとした葉っぱ。


8、20世紀のフランス絵画
●ゴーギャン「ひじ掛け椅子の上のひまわり」 1901年
ゴッホと決別したゴーギャンだが、後に、亡くなったゴッホを思い出して描いたのだろう。
「悪かった」という気持ちが託されているのでは。

●ボナールが2点、ヴュイヤールも2点の展示


9、モダン・アート
フォーブの作家、ヴラマンク、アンドレ・ドラン、ブラック3点、ピカソ2点。
●ブラック「ヴァイオリニスト」 1912年 どこにも人間らしいものは見えない。ヴァイオリンの4本の弦と
穴 f は下の方にあるとわかったけれど、あとは、、、卵型の構図と色合いがいいなと思った。
●アンドレ・ドラン「室内の情景(テーブル)」 1904年頃
実に大胆。テーブルと椅子のある部屋を斜め上から見て描いている。
強い色。黒が強調されている。

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●ピカソ「イタリアの女」 1917年
シンプルでかわいくていいなと思った。バッグを持ってお出かけかしら。

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最後はモネの「睡蓮の池」1920~1926年の大作だった。



一点、一点、良い絵が揃っていました。
ビュールレのコレクターとしての目の高さが伺えます。
学生時代から美術史と美術品が好きだったビュールレは、武器商人として財を成し、
コレクターとなります。しかし、ビュールレの集めた作品は、ナチスに没収され、
戦後、裁判になったりもしました。
ビュールレは、個人の邸宅を美術館にしていたのですが、大切な作品4点が盗難に
あったことから、セキュリティをきちんとするには個人では限界があると考え、
作品をチューリッヒ美術館に移管することにしました。2020年にビュールレコレクション用
の新館が完成するそうです。


cocoさんがいらした時の記事には、もっとたくさんの絵の写真があります。ご覧になってください。


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ホキ美術館 [展覧会(洋画)]

千葉市のはずれ、昭和の森の隣にある「ホキ美術館」は、日本で初めての写実絵画専門の美術館。
医療用品の会社ホギメディカル社長の保木氏の美術館で、2010年に開館した。

現代的なコンクリートの建物で、森に面した側に嵌められたガラスには、昭和の森の大きな木々
が映るようになっている。(写真はチラシより)


hoki_tatemono.jpg

*以下、写真は全部、チラシからです。

現代の写実絵画の第一人者、森本草介。ホキ氏のコレクションのきっかけは森本の絵
だったので、作品がたくさん展示されている。
「アリエー川の流れ」2013年は、横が2m近くある大きな絵


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森本草介の裸婦は実に美しい。セピア色の画面が昇華されたような美しさを醸し出す。
「横になるポーズ」1998年

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写実絵画は、細密画で、1枚の作品を描くのにとても時間がかかる。
実際に作品を見ると、写真からではわからない立体感や工夫がはっきり
わかり興味深い。


森本草介は数年前に亡くなったので、現在のリーダー格は野田弘志だろうか。
写真とは違う奥行きのある深い景色。
「摩周湖、夏天」 1999年

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藤原秀一「宝筺院秋図」2011年
こちらも写真では表現できない光の当たり方が、景色に神秘性を添えている。


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五味文彦「樹影が刻まれる時」2015年
強烈な光が一枚、一枚の葉を浮かび上がらせる。克明に描かれた葉。
この写真からは、伝わらないのが残念。


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人物画もある。
小尾修「流」2016年
「鼻筋の横に光っているのは涙?」と友達がきいてきた。
涙にしては不自然、陰影効果があるようにつけられたもの。
この作家は、ほかの絵でもきらりと光る小さい真珠の粒の連続を目立たせたい
ところに入れていた。


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面白い!カブトムシの標本。昆虫図鑑より精密に描かれているのでは?
島村信之「夢の箱」2017年

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羽田裕「初秋の桜島」2017年
山裾の緑の木々の部分を強調するために金色の針金がはめられていた。

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塩谷亮「月光」2017年
塩谷さんの人物画は美しく気品があるので、私は好きだが、これは、竹を描いた作品。
屏風を意識しているのだろう。月光というタイトルから、かぐや姫が浮かぶ。

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チケットは、原雅幸の「ナローカナルのボート乗り場」2017年だった。



窓からメインの建物が見える部分には、板谷波山、富本憲吉の陶器も数点あった。
レストラン、カフェも併設されている。丁度お昼どきで、レストランが居心地良さそう
だったが、残念なことに「本日は予約で満席」と書かれていた。


写実画は、わかりやすいから、誰が見ても楽しめる。しかも、よく見ると実際の風景以上、
人物以上に描かれているので、「え~、こんなに、、」と引き込まれる。
東京から少し遠いけれど、おすすめの美術館です。


コザックさんがいらした時の記事です建物の外観写真が3枚ありますし、
美術館全体についても的確な説明です。 


SORIさんがいらした時の記事です。大変、詳しく、書かれているので、
いらっしゃるかたの参考になると思います。




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ゴッホ展 巡りゆく日本の夢 [展覧会(洋画)]

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過去にゴッホ展は何回もあったが、今回のは、ゴッホと日本。ゴッホがどんなに日本に憧れ、関心を
寄せていたかに的を絞ったもの。だから、チラシの絵が浮世絵の花魁(おいらん)の模写。
裏表紙は、「画家としての自画像」1887~1888年。
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1886年、ゴッホは暗いオランダから光を求めて弟テオが住むパリにやってきた。
当時のパリはジャポニスムに沸いていた。
ゴッホがパリで刺激を受けたものは、「印象派」と「浮世絵」である。
印象派の技法を学んだことで、暗い色彩が消え、明るい色調へと変化した。
画商ビングの屋根裏部屋で見た多数の浮世絵に感動し、模写をすることで、構図や色づかいを
習得しようとした。チラシに使われている「花魁(渓斉英泉による)」(ファン・ゴッホ美術館蔵)は
浮世絵の模写で、後期(11/28から)展示には、渓斉英泉の原画も展示されている。

1887年、ゴッホは、アゴスティーナの店で、「浮世絵展」を開催した。
「カフェ・ル・タンブランのアゴスティーナ・セガトーリ」(ゴッホ美術館蔵)
右側の壁に、女性の姿が描かれた浮世絵がかかっている。

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今回は、「参考図版」のみの出展の「タンギー爺さんの肖像」(ロダン美術館蔵)の背後には、びっしりと
浮世絵が描かれている。その浮世絵は、研究の結果、三枚とわかり、そのうちの2枚が展示されていた。
歌川広重「五十三次図会四十五石薬師 義経さくら範頼の祠」
歌川邦貞「三世岩井粂三郎の三浦屋の高尾」である。
これは、とても興味深かった。花魁の髪にささる大きなかんざしは、ゴッホの目に奇異に写ったと思うが。。


1888年、ゴッホは、日本に憧れて、日本に似ていると、南仏アルルに移った。
アルルに到着した日は雪、一面の銀世界だった。ゴッホは「雪の中での景色は、日本人の画家たちが
描いた冬景色のようだった」と弟テオへの手紙に書いている。

「雪景色」(個人蔵)
遠景にアルルの町並み、前景に茂みや板囲いを描き、中景の雪面を白い絵の具で浮き立たせている。
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これに対応していると思われる浮世絵、歌川広重「五十三次名所図会 沼津 足柄山不二雪晴」
なども展示されていた。


春には、「黄色とスミレ色の花が一面に咲いた野原の小さな町、まるで日本の夢のようだ」
とテオに書いている。スミレ色の花=紫色のアイリスが近景に広がる。
「アイリスの咲くアルル風景」(ファン・ゴッホ美術館)
地平線が半分より上、高い位置にあるのが、浮世絵の影響。
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「種まく人」(ファン・ゴッホ美術館)
ミレーの「種まく人」にならっているが、種まく人物以外は、ゴッホのオリジナル。
近景の木の幹を大きく描く方法は、広重の「江戸名所 亀戸梅屋敷」にならったと思われる。


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浮世絵の極端な遠近表現は、江戸時代に移入された西洋絵画の遠近法がもとになっている。
それが浮世絵を通して、ヨーロッパに広まったというのは、面白い。

「サント・マリーの海」(プーシキン美術館蔵)
ゴッホの海の絵は、珍しいと思う。

鳥瞰図的手法は、浮世絵由来のもの。波のうねりの表現が立体的で大胆。

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ゴッホは、「アルルの跳ね橋」を気に入り、エミール・ベルナール宛の手紙の中にスケッチを
添えている。それには色彩も記述されているが、現存するのは、その絵の一部分が、

「水平と恋人」というタイトルで展示されていた。


「タラスコンの乗合馬車」(プリンストン大学美術館蔵)
ゴッホっぽくない絵だけど、どこか惹かれた。
浮世絵からの影響は、顕著な輪郭線と白が効果的な平坦な色面に表されている。

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「夾竹桃と本のある静物」(メトロポリタン美術館蔵)
夾竹桃は、日本のイメージの花。

この絵が描かれた1888年8月には、「ひまわり」の初期の何枚かが描かれている。

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「寝室」(ファン・ゴッホ美術館蔵)は、前のゴッホ展にも来た絵なので再見。

ゴッホはますます日本に心頭していく。
ピエール・ロティ作の小説「お菊さん」を気に入り、それに影響を受けたと思われる作品
「ムスメの肖像」(プーシキン美術館蔵)では、ムスメ(少女)が手に夾竹桃の花を持っている


以上の作品に年代を記さなかったのは、どれもが1888年だからである。
1888年の12月、ゴッホは耳切り事件を起こし、コーギャンとの共同生活も終わった。
アルルの病院に入院した後、サン・レミの精神病院に移った。



「草むらの中の幹」1890年(クレラー・ミュラー美術館蔵)
穏やかな下草に対して、樹の皮の表現が装飾的で表現主義っぽい。時代の影響だろうか。

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「ポプラ林の中の二人」1890年(シンシナティ美術館蔵)
横長の画面は、浮世絵の影響だろう。幻想的な美しい絵。

白と黄色、明るい下草。列柱のような木々。手前から林の奥まで見通せるが、奥は黒に近い色。
ゴッホ、最後の作品。

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ゴッホは、武者小路実篤らの「白樺派」によって日本に紹介された。
1890年、ゴッホが亡くなった後、日本人の画家たちが、ゴッホの残された作品を見るために

ゴッホが晩年に交友を持った医師ガシェのもとを訪れた。彼らが名を記している「芳名帳」が
展示されていた。そこに「式場隆三郎」の名前を見つけ、精神科医としてゴッホの研究
をしたことを知った。佐伯祐三が描いた「オーヴェールの教会」の絵、前田寛治の「ゴッホの墓」の絵もあった。

ゴッホは日本に憧れた。何年か後に、今度は日本人がゴッホに憧れた。
ゴッホ人気は100年続いている。


※この展覧会は、関西に巡回しました。→ 関西展、cocoさんの記事



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ボストン美術館の至宝展 [展覧会(洋画)]

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ボストン美術館は、メトロポリタン美術館、シカゴ美術館と並んでアメリカ3大美術館である。
中でも、ボストン美術館は、明治時代に来日し、東京大学で教える傍ら、岡倉天心と共に
東京美術学校を設立したフェノロサが、帰国後、東洋部長となり、日本美術を紹介したので、
日本美術のコレクションは世界一である。

今回の「至宝展」の目玉は2つ。チラシのゴッホの作品2点と英一蝶の「涅槃図」。
私はメトよりも落ち着いて見れるボストン美術館が好きで、3回行ったが、それでも全部は
見きれないから、「何が来てるのかな?」と期待しながら出かけた。


1、エジプト美術
1905年から40年間、ボストンにあるハーヴァード大学と美術館が協力して、エジプト発掘調査
を行い、エジプトコレクションができた。
大理石の一種トラバーチンでできている「メンカウラー王頭部」(2490~2472BC)
王の等身大の坐像の一部。額のヘビ、つけ髭は王族のしるしで、背中はハヤブサの翼で
被われていたとみられる跡がある。
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有名なツタンカーメン王の頭部(エジプト新王国時代1336~1327BC)
ツタンカーメン王の墓から出土されたものではないが、顔立ちやネメス頭巾、頭部の二重冠形跡
から、ツタンカーメン王とわかる。これは発掘隊によるものでなく寄付金での購入品。

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他に、等身大の彫像や装飾品の美しいものが展示され、どれも、質が高くすばらしい。


2、中国美術

北宋の皇帝・徽宗の「五色鸚鵡図巻」12世紀初期
ピンクがかった白の杏子の花が咲く枝の上で小さなオウムが羽を休めている。
芸術を好み、絵画にも才能を発揮したという徽宗皇帝。左半分に絵、右半分には題詩(説明)
が書かれている。
五色鸚鵡来自嶺表、、、、(「五色鸚鵡が嶺表から貢物として来た。、、)


陳容 「九龍図巻」 南宋時代1244年 全長約10メートルの長く大きな作品。
雲や波間に潜んだり、舞っては飛び上がったり、9頭の龍が描かれている。
どの龍も動きがあり、すばらしい! 乾隆帝も旧蔵した龍図の名品
(これは部分) 3分の1

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3、日本美術
大森貝塚の発見者エドワード・モースのコレクションから
野々村仁清の「銹絵鳰形香合」、「鼠志野草文額皿」、尾形乾山・光琳「銹絵観瀑図角皿」


フェノロサのコレクションから
曽我蕭白「風仙図屏風」」1730~1781年
巨大な龍を風仙人が退治しようとしているところ。
龍がタコの足のよう。屏風なので、渦巻く風が実際に吹いているように立体的に見える。
右下の従者は風で吹き飛ばされているし、これでは見えないが右奥のかわいいウサギ2把も
懸命に風に耐えている。


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与謝蕪村「柳堤渡水・丘辺行楽図屏風》江戸時代
左隻「柳堤渡水図」
中国の文人画の画題を参考にしているが、日本的な穏やかさがある。
よく見ると、ひとりひとりの所作にユーモアがある。

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ウィリアム・ビゲロー・コレクションから
酒井抱一「花魁図」 江戸時代、18世紀
日本初公開の作品。抱一は、琳派として知られているが、20代の間は歌川豊春のもとで
浮世絵を学んだ。新年の盛装で吉原を練り歩く花魁の姿を描いている。
この絵は、河鍋暁斎が所蔵していたが、ビゲローに渡す際、右側に抱一の初期の画号と落款
があるにもかかわらず、誤って、左側に「歌川豊春」と鑑定と書きこんでいる。

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フェノロサ・コレクションから
英一蝶「涅槃図」 2.9m X 1.7m 
今回、約170年振りの本格的修理を経て里帰りしたので話題となっている作品。
かなり大きな作品だが、これだけの人数が書きこまれているのだから無理もない。
隣に展示されている説明と人物を照らし合わせながら見ると、よくわかるが、混んでいると
この絵の前に行くのが大変。


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4、フランス絵画
ボストン美術館のフランス絵画は印象派に名品が多い。
ミレー「編み物の稽古」1854年頃

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モネは4点
「くぼ地のヒナゲシ畑、ジヴェルニー郊外」1885年
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ほかに「睡蓮」1905年
「ルーアン大聖堂正面」1894年
「アンティーブ、午後の効果」1888年


ドガ 「腕を組んだバレーの踊り子」 1872年頃

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静物画としては、
ファンタン=ラトゥ―ル「卓上の花と果物」1865年

ルノワール「陶製ポットに生けられた花」1969年頃
以上2つをボストン美術館で見た時の写真)

セザンヌ「卓上の果物と水差し」1890~94年頃

シスレー「卓上のブドウとクルミ」1876年
シスレーはモネからすすめられて静物画を始めたが、作品は9点しかない。

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ゴッホ「郵便配達人ジョセフ・ルーラン」1888年
チラシの写真左
ゴッホは同名の作品を6点描いているので、見たことがある人も多いと思う。
バーンズコレクションにもあり。 ニューヨーク近代美術館にもある ボストン美術館のもの
ゴッホは人物画を描きたかったのだが、人付き合いが下手なため、モデルになって
くれる人がいなかった。そんな中、ルーラン一家だけは例外でゴッホと親しく付き合った。

チラシの写真右
ゴッホ「子守唄、ゆりかごを揺らすオーギュスティーヌ・ルーラン夫人」1889年 
ゴッホによる同名の作品が5点ある。いずれの背景にも花が描かれている。
シカゴ美術館のもの、  ボストン美術館のもの
ゴッホらしい花である。ルーラン氏の肖像のうち1889年に描かれた3点は花柄の背景である。



5、アメリカ絵画
アメリカで職業画家が活躍するようになったのは、18世紀後半で、ジョン・コプリーが肖像画家と
してボストンで活躍した。
19世紀を代表する画家は、ウィンスロー・ホーマーでボストン出身。海を取り入れた絵が多い。
版画コーナーにある作品だが、「海難」1888年
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油彩の「たそがれ時のリース村、ニューヨーク州」 1876年は、バルビゾン派の影響を受けた作品。


トマス・エイキンズ「クイナ猟への出発」 1874年
パリでジェロームの画塾に学ぶ。そこで学んだ技術をヨットやクイナ猟などのアメリカ的生活という
主題に用いた。
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アメリカ、ヨーロッパの両方で肖像画に人気があったサージェントはボストン出身なので、
美術館本館の天井画はサージェント作品である。
「フィスク・ウォレン夫人(グレッチェン・オズグッド)と娘レイチェル」1879年
サージェントは上流階級の肖像画を手掛けることが多かったので、衣服の輝きの表現がすばらしい。
光が椅子の肘掛に差し込み、肩にさらりとかけたグレーのストールと響き合い、美しい。
この絵は、ここに描かれた娘レイチェルからボストン美術館に寄贈された。

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ジョージア・オキーフ
「グレーの上のカラー・リリー」1928年
オキーフは女性で花の絵を描く。一輪の花を大きく描く。大きいので現実離れして
特別な世界になるが、色づかいは優雅。
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6、版画・写真

エドワード・ホッパー「機関車」 1923年 
油彩で知られるホッパーだが、キャリア初期には版画を制作していた。
機関車がトンネルの前で止まっている。圧倒される力強さ。車輪の質感と量感。
労働を尊んでいた古き良き時代のアメリカのイメージ。
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アンセル・アダムス「氷結湖と岸壁、セコイア国立公園カウェア・ギャップ」 1927年
アンセル・アダムスはモノクロ写真で、露出を調整し、自然の風景をみごとに撮影する。

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7、現代美術
デイヴィッド・ホックニー「ギャロビー・ヒル」1998年
田園風景。明るく輝く色調と大胆な筆づかい。
遠くに見える田園がパッチワークのように見える。

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他に、アンディ・ウォ―ホル「ジャッキー」1964年頃

村上隆《If the Double Helix Wakes Up...」2001年:「DNAの二重螺旋が覚醒したら...」


「至宝展」という言葉通り、選りすぐりの作品ばかり。どれも見る価値があります。
絵と絵の間隔が狭くないので、ゆったりと見れました。おすすめです。


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